実はわたし、結婚してます〜番外編〜



わたしがスパイ!?



 派遣の方が入ってきて営業部も賑やかになってきました。和気藹々とした空気が流れる中で、わたしはふと気になる瞬間が目につくのです。玲斗からの指示で周囲の人間観察も怠らないようにしているせいでしょうか。
 男性社員が圧倒的に多いこの部署で、美人でオシャレな奥山さんが人気なのはわかるんですが、なんというか……それだけとは思えないような空気があって。
 とはいっても、何がどうと言葉にできないわたしはとりあえずその日もせっせと任務をこなすだけ。

 そんなとき、突然人事異動の発表がありました。 
 朝の朝礼でそのことを部長から聞かされ、あまりにいきなりのことだったので耳を疑ってしまいました。
 だって、今一番忙しい時期なんですよ。繁忙期って言うくらいですから、本当に人手不足で、短期の派遣さんを雇わなければいけないくらい。それなのになぜ、今この時期に異動なんですか?それとも営業部ではこれが普通なのでしょうか?
 思わず部長さんに聞いてしまいましたよ。もちろん教えてはくれませんでしたけれどね。でも、なんだか困った様子の部長さんの顔が印象的で、わたしは思わず昼休みに玲斗のところまで押しかけていってしまいました。

「おまえ、女の輪に入っとけって言っただろ。なんでこんなとこにのこのこ来てんだよ」
「だって!こんな時期に異動なんておかしいから。ねえ、営業部って何があるの? なんで玲斗はわたしにスパイしろなんて言い出したの?」
「ひと段落したら教えてやるよ。それまでは言われたとおりに働いてろ」
「……」

 きましたよ、玲斗の命令口調。言われるのはわかっていたんですけど、それでも気になって仕方がありません。

「なんだよ、その顔」
「ちょっと納得のいかない顔」
「不細工だからやめろ」
「どーせ、わたしは美人じゃないしスタイルだってよくないし、玲斗に相応しくなんてないですよーだ!」
「……美人じゃないが、相応しくないとは言ってないだろ。スタイルだって良し悪し云々じゃなく、俺好みだからいいんだよ」

 ぎゃ。なんだか玲斗がエロい顔してますよっ。

「じゃ、わたしはもう仕事に戻らなきゃ」
「おまえから誘っておいてそれはないだろ?」
「誘ってないっ!」
「ふーん? まぁいいや。帰ってから楽しみにしてるよ、井原千穂さん?」

 う、うわー。帰りたくないー。
 意地悪そうな笑みを浮かべながら手を振っている玲斗にさっさと背中を向けて部屋を出ようとすると、千穂、と呼び止められます。

「なに?」
「俺が以前、営業部にいたのは知ってるよな?」
「う、うん」

 営業部長してましたね。

「今の営業部長は俺の部下だった。その部下から相談を受けて、こういうことになっている。ここであれこれ詳しいことを言えばお前は絶対、態度に表れるからな、だから今は言わない」

 玲斗の表情は読み取れませんでしたが、わたしに気遣いをしてくれているのはわかります。勢いでここまで来てしまったけれど、玲斗には玲斗の考えがあるわけです。

「わかった。ごめんなさい、こんなところまできて」
「千穂が俺に会いたかったのはよーくわかった」
「ち、違うっ」
「ふーん?」
「もう行きますっ。失礼しましたっ」

 まったく玲斗ってば。真剣なんだか冗談なんだかわからないんですから。
 ただ、玲斗ってそれなりの立場にいるだけあって、本当にいろんなこと考えているんですよね。家にいるときとは大違いで、仕事となると本当に真剣なんです。そういうところはやっぱり尊敬しちゃうんですよね。

「あ、井原さん、今度みんなで飲みに行きませんかーって話しをしてたんですよ」
「飲みに……ですか」
「そう。派遣の方も誘って、ちょっとした歓迎会みたいな感じで」

 部署に戻るなり、奥山さんに発見されます。
 飲み会――こういうの玲斗は絶対に反対するんですが、今回は任務がありますから当然行くべきですよね。

「はい。大丈夫です」
「良かった。じゃあ日程調整しますね。来れる方だけになるんですけどねー」

 この時期特に営業部は外回りや出張もあるし、全員揃うことはまずありません。が、こういうお酒の席はいろんな情報も飛び交いますから、何か玲斗の役に立つ情報が得られるといいんですが。
 帰宅し、玲斗に飲み会の話をすると、いつもと違う反応が返ってきました。

「良い情報拾ってこいよ」

 飲み会とかそういう類の話題には、機嫌の悪くなる玲斗ですが今回ばかりは違う様子。
 それだけ大事だということなのかもしれません。

   







   



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