実はわたし、結婚してます〜番外編〜



わたしがスパイ!?



 違和感――。
 飲み会でそれがなんとなくわかってきました。飲み会の席では人の本音が聞けると言ったりもしますが、まさに本音というより、営業部の人間関係が見えてくる、鈍いわたしでも気づいてしまいました。
 穏やかなムードで始まったかのように思えた飲み会は、まさに見せ掛けのようなものだったのかもしれません。
 営業部長を初め、管理職の方が来られない席で、それはあまりにも顕著に表れてしまったのでしょう。

 一次会が終わり、二次会はどうするこうするという話をしながら、一番最後に店を出ようとすると、ぐいっと腕をひっぱられます。振り返ったわたしが思わず声をあげようとしたところで、大きな手のひらで口をふさがれ、ぐいぐいと強い力で引っ張られます。そのまま店の奥へと連れていかれ、こんなところまで入り込んでいいのかとドキドキしている間に裏口と思われる勝手口から外へと連れ出されました。その場所にはすでに国府田さんが車で待ち構えており、当然のごとく車内へ。
 やっと強い力から解放されたわたしははあ、と大きく息を吐きました。
 びっくりしました。まだ心臓がバクバクと高鳴っています。
 そして、なんと大胆で用意周到なのでしょう、うちの旦那様は。

「玲斗、なんでこんなところにいるの?」

 本当に誘拐の好きな人です、このヒト。

「なんでって、お前が飲み会つーから、監視してたんだよ」
「監視!?な、なんで?わたしちゃんと任務は果たしてると思うけど」
「それはわかってる。お前がふらふら変な男に絡まれたら困るだろ」

 わたし、そんなにふらふらして無いと思うんですけど。全くこの前の”俺以外の男に抱かれたら許さない”とか、わけのわかんないことばかり……そもそもわたしがそんなにモテるわけがないし、なにか間違っても玲斗以外の男の人についていくわけないじゃないですか。ついていったら結婚させられたりするんですよ。こんなの玲斗だけで十分です!

「ねえ、玲斗、わたし戻らないと」
「もういいだろ」
「え、だって帰るとか何も言ってないし」
「別に大丈夫だろ。二次会なんて行きたいやつが勝手についてくだけなんだから」
「それはそうかもしれないけど……」
「なんだよ、行きたかったのか」
「それはないかなぁ」
「千穂にしてははっきり言うな」
「うん。だって……疲れるし」

 仕事でなければ行かないです。
 
「だろうな」
「もしかして玲斗、全部見てた?」
「ああ」

 じゃあ、あの異様な雰囲気に玲斗なら気づいたはずです。
 まるでみんなが奥山さんひとりを盛り立てて、ご機嫌取りをしているような、そんな空気でした。

「さすがの千穂もわかったみたいだな」
「うん」
「営業部長からの相談というのは、営業部の社員の間でいじめのようなものがあるんじゃないか、というものだった」
「いじめ?」
「ああ」

 社会人になっていじめなんてそんな子どもじみたこと、あるんでしょうか。いい年した人たちが誰かをいじめて喜んで、何を得するということもないと思うのですが。
 不思議に思っていると、そんなわたしを見透かしたように玲斗は言います。

「いじめなんて幾つになってもあるもんだ。やり方が陰湿になっていくだけでさ」
「そうなの?」
「当たり前だろ。人間なんてそうそう変わるもんじゃないからな」
「そっか……」
「それで千穂に噂好きの女性社員に混じってもらったわけだが……にしても千穂は問題ごとを見つけてくれるよな」
「問題ごと?」
「まあ実際いじめが本当ならば、異動なりなんなり早めに手を打たないと、特に女は陰険だからな。それで優秀な人材に辞められるのも困るしさ。ボス的存在はある程度検討はついていたが、実際に誰が標的になってるのか、どういった状況なのかがいまいちわからなかった。千穂の情報から調べようと思っていたら、意外な事実までわかってしまったわけだ」

 一体なんのことでしょう?

「奥山と人事部長が付き合っていた」
「え!? 奥山さんが?」
「――というより、人事部長の方が奥山にぞっこんなんだろう。奥山の言いなりで人事をあれこれつついていた」

 確かに美人で彼氏のひとりやふたりいそうだとは思っていましたが……、人事部長ってそれなりにお年だし、確かバツ一……しかもそれほど素敵だとは言い難いような、ってわたしも人のこと言えないんですけど。

「人事部のことは別で調べてたんだが、ここで繋がるとはな。今日の空気で分かった。営業部の大半のやつらは奥山が人事部長とつながっていて、ご機嫌を損ねれば希望とは別の部署に飛ばされることを恐れていたってわけだ。まったく女って怖いよな」
「でも、そんなことをして奥山さんは何かいいことあるのかな」

 単純にわたしなら、自分の希望する部署に行かせてもらいたい、とかそういうズルイこと考えてしまいそうですけど。

「俺に女の気持ちなんかわかるはずないだろ。まぁ、ただ自分が一番でなければ気がすまない、ってやつはどこにでもいるからな。気に入らない奴や、自分より優秀な人間がいたら、居づらくさせて異動させるか辞めさせていたんだろ。会社の損益や周囲に迷惑がかかることより、どこまでも自分優先だからな、そういう奴は」
「じゃあ、市原さんも……被害者だったのかな」
「市原?ああ……」
「なんだかプレイボーイみたいに言ってたけど、実際話してみるとそんなことはなかったから。すごく仕事に対して真摯な方だとは思ったけど」
「俺も千穂の報告に耳を疑って直接話を聞いた」
「そうなの?」
「ああ、俺は市原のことも知っているがそういう男じゃない。どうやら奥山から告白されて断ったところ変な噂を流されたようだ――それで市原を辞職に追い込もうとしたようだが、市原が有能でそういう噂をされるような人物でないことは、今の営業部長はよく知っているからな」

 ということは奥山さんといつも一緒にいた他の女性社員たちは、取り巻きみたいな感じだったのでしょうか?それって本当に小中学生のいじめの典型的なカタチですよ。

「にしても営業部は問題が尽きないな」

 ぽつり、とこぼす玲斗は本当に疲れているようでした。
 玲斗のことですから、他にもいろいろと手を回して調べていたのかもしれないですね。
 自宅マンションに着き、玲斗とふたり降ろしてもらい、部屋へと入ります。


   







   



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