実はわたし、結婚してます



お散歩へいこう




「ねぇ、玲斗、公園行かない?」
「はぁ?」

ある春先の休日、突然何を言い出すのかと思いきや、千穂は目をキラキラ輝かせて俺に詰め寄ってきた。
あまりの勢いに俺は思わず頷いてしまったが。
確かに、千穂は冬の出産ということで、あまり外に出ないようにさせていたし、外出しても食事のために車で出かけていて、外を出歩くことはなかった。
いつでも散歩はできるようにベビーカーは準備してあるが、けれど、千穂の体調はもう大丈夫なのか。
産後は無理させてはいけないと育児雑誌にもしっかり書いてあった。だからこそこの時期の夫のサポートは大切なのだと。

俺の父親はあまり育児には協力的ではなかった。幼い頃の記憶をたどってみても、俺は父親と遊んだ記憶はひとつもない。
俺のとなりにはいつも国府田がいて、国府田が父親代わりだったのだから。
だから俺は父親というものがどのような役目を果たせばいいのかわからないところがある。育児雑誌に書いてあることや、国府田が俺にしてくれたことを悠斗にしてやることしかできない。
これでいいのか、といつも自分を問いただしながら。

「千穂、あったかくしていけよ。あと疲れたらすぐに言えよ」
「うん。ありがとう。久々のお散歩楽しみ〜!」

千穂の笑顔。
ただそれだけなのに、癒される。



近くの大きな公園までゆっくりとベビーカーを押していくと、かなりの親子が遊びにきていた。
この日は特別温かかったからか、レジャーシートでお弁当を食べている家族もちらほらと目に入った。
普通の家族というのは、休日こんな風に過ごすものなのだろうか。

「もう少し大きくなってハイハイできるようになったら芝生の上で遊べそうだね」
「ああ」

千穂の言葉に俺はなんとなく頷く。
そして目の前にいる親子の姿を眺めながら、頭のどこかで想像している自分がいた。
俺と千穂と歩き始めた悠斗の3人で、レジャーシートでお弁当を食べてくつろいでいる姿を。
不思議な感覚だ。

広い公園を横切るように、俺たちは日差しを浴びながら歩き続ける。穏やかな天候の中、悠斗はすでに昼寝状態。

「玲斗?」
「なんだよ」
「あんまり楽しくない?」
「は、なに言ってんだ」

楽しくないわけないだろ。
俺はたぶんずっと、この光景に憧れていたんだ。
今まで、思い出しもしなかった子どもの頃のことがなぜ今になってよみがえってくるのか、そんなのはわかりきっている。
俺が父親になったからだ。

なぜ俺は千穂を選んだのか。
その答えもたぶん、ここにある。

千穂は俺に温もりをくれたんだ。
俺は片手でベビーカーを押しながら、千穂の手をとった。



   







   



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