実はわたし、結婚してます



お散歩へいこう




「今度は弁当でももってくるか」
「え?」

俺の言葉に千穂が目を丸くさせている。
なんだよ。そんなに驚くことか。

「もしかして玲斗、お腹空いてるから機嫌悪いの?」
「は?」
「だってムスッとしてるし」
「別にしてないだろ」
「してるって」
「してない」
「もー、じゃあそろそろ帰ってお昼にしよ」
「千穂が腹減っただけだろ」
「ち、ちがうよっ!」

ムキになる姿がまた面白い。
そんな俺たちの会話も、広い公園で駆け回る子どもたちの笑い声にかき消されていく。

俺は親父とは違うんだ。

心の中で、まるで念仏のようにそう唱えていた。



お昼は、千穂が簡単にサンドイッチを作り、ふたりで食べた後、悠斗に授乳をすると、千穂も寝てしまった。

昼寝をすると夜は少し夜更かししても大丈夫だろう。
俺は前回のリベンジをするつもりでいた。
まったくどれだけ我慢させるんだ。
こんなに俺を我慢させることができるのは千穂だけだ。
産後は無理させてはいけないから、と必死で耐えているんだ。
本来ならまだまだ千穂の精神面も配慮すべきなのだろうけれど、なかなか難しい。
なぜなら、千穂のやつ、こんな色っぽい顔で俺の隣にいるんだからな。
これは反則だ。
もう無理だ。

千穂が昼寝をしている間、俺は読書に耽っていた。しばらくして目を覚まし、慌てて夕食の準備を始めた千穂を少しだけ観察する。
そんなに頑張らなくてもいいんだけどな。
けれど、俺が何を言っても、千穂は自分でやるのだと言ってきかない。千穂はもう少し楽することを覚えてもいいはずなのに。それでもそんな千穂を愛おしいと感じてしまう。そしてこのままの千穂でいてほしいと願ってしまう。
この生活を、続けることができるだろうか。
千穂や悠斗の存在を明かしたとき、俺はふたりを連れて本邸へ戻らなければならなくなるのだろうか。
父は、もうすぐあのめんどくさい地位を俺に譲るだろう。
もともとイヤイヤ就いていた役職、小石川家の名前を守るためだけに存在していた父親なのだから。

いろんなことを考えては頭で打ち消し、千穂の姿を見て決意を固める。
この生活だけは守り抜いてやる。どんなことがあっても。
俺はやっと、一番欲しかったものを手に入れたのだから。

夜は数ヶ月ぶりに千穂の身体を堪能して眠るはずだったのに、今度は俺の方がさっさと眠ってしまうはめになった。
散歩といえど、身体を動かして疲れていたのだろうか。
いや、慣れない育児に疲れていたんだろう。

俺が育児をしているなんて今だに信じられないが、これが現実だ。

朝起きると、千穂が悠斗に授乳をしていた。
優しい微笑みで悠斗を見つめ、そして目覚めた俺にもにこりとする。

「おはよ〜、玲斗」

無邪気な千穂が少しだけ憎らしく感じた。そんな千穂に当たり前のように抱かれ、うっとりとした顔で母乳を飲んでいる息子の姿に小さな嫉妬心を覚えてしまう。
あー、くそ。やっぱりコイツは俺の子どもで俺のライバルに違いない。
子どもが生まれると夫婦生活のタイミングを掴むのが難しいと何かに書いてあったが、まったくだ。

これはなんとかしなければ。
俺はこの日、このままセックスレス夫婦になど絶対になるものか、と固く決意したのだった。



お散歩へいこうEND


   







   



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