実はわたし、結婚してます





月に叢雲、花に風




玲斗と一緒に国府田さんの運転する車に乗り込みます。
やっぱり玲斗は怒ってます。
連絡してないですからね。
でも連絡しようにも連絡できるような状況じゃなかったんですけど・・・なんていういい訳が通用するはずないですよね。

「千穂」
「はい!ごめんなさい!何度も連絡しようと思ったんだけど、できませんでした!」

こうなれば先手必勝、とにかくひたすら謝るのみです。

「別にまだ何も言ってないだろ」
「だって、帰りが遅くなっちゃったし。ご飯もまだ用意できてないし」
「別にいいよ、そんなこと。それよりなんでお前が司馬奈々と一緒なんだよ。まさか連絡取り合ってたんじゃないよな」
「ま、まさか!ホントに今日まで音信不通だったんだよ。だけど、帰りに会社の外で奈々ちゃんが待ってて・・・それで・・・」
「それで拉致されたのか」
拉致・・・なんか玲斗にその言葉使われたくないんですけど。
「まったく今更のこのこ出てきやがって、借金返済ならともかくまだ金出せつってんのかよ。しょーもない女だな」
「れ、玲斗聞いてたの?」
「最後のほうだけ聞こえた」
「あ、そ、そう」
それっていいことなの?それともマズイことなの?わたしは一瞬真剣に考えてしまいました。

「千穂、同じ過ちを犯すなよ」
「うん。わかってる・・・」
「あの女はお前を裏切ったんだぞ。同情なんかするな」
「うん・・・」

わかってますよ。玲斗に言われなくても、わかってます。
だけど、奈々ちゃんのあの大粒の涙が、わたしの目に焼きついて離れないのです。
国府田さんに自宅まで送ってもらい、わたしと玲斗は無言のまま帰宅しました。そして玲斗は書斎にこもり、わたしは少し遅くなりましたが夕食の準備です。
もうすぐにできるものといえば、玲斗の好きな豚のしょうが焼きですよ。
下味をつけた豚肉を炒めて味付けを整えるだけですからね。
そして千切りキャベツと味噌汁!完璧じゃないですか。
昨日の残りのポテトサラダとか出したら玲斗、怒りますかね。
準備が整うと、書斎まで玲斗を呼びに行って、二人で向かい合ってお食事です。
なんというか、やっと食事にありつけたって感じです。なんだか少しの時間だったのにどっと疲れたような気分です。
今日は早くお風呂に入って・・・眠らせてもらえるといいのですが。

「ねえ、玲斗、奈々ちゃんて実際のところ何したの?わたし当時のことは何にも知らなくて」
「知らないって、お前事情も知らずに金貸したのかよ」
「だって・・・」

呆れた顔をする玲斗に、確かに事情も聞かず安易に金銭を貸してしまったわたしに一番責任があることを実感してしまいます。
そうですよね。普通は違いますよね。
玲斗ははーっとめんどくさそうにため息をついて、豚のしょうが焼きを食べながら・・・話し始めました。

「俺が営業部にいた頃、佐藤陽一という男がいたんだよ。当時主任で俺の部下だった」
営業部・・・玲斗が営業部長の頃ですよね。
「佐藤陽一は経理の新人女性を上手く利用して会社の金を横領しようとしてたんだよ」
「お、横領!?」
「俺が気づいて未遂に終わったけどな」
「あ、そ、そうなんだ」

まるでテレビの中のニュースを聞いているような気分になりました。
横領って・・・横領ですよね。

「で、未遂とはいえなかったことにはできない。横領しようとするような男を会社に残すほど俺はお人よしでもない」
そりゃ当たり前ですよ。会社への損害にもなりかねませんし、そんなことが起こってしまえばなによりも会社の名前が傷ついてしまいます。玲斗が将来背負う会社が・・・。
「だから俺は言ったんだ。懲戒免職されたくなければ退職届を出せ、と」
「それで・・・退職されたの?」
「ああ、数日後佐藤陽一は退職した。その日の前後あたりから、同じ営業部にいた司馬奈々が無断欠勤し始めた」
「それって・・・」
「まぁ噂どおりだな。佐藤陽一には妻子がいたから」
「そんな・・・」
噂は本当だったなんて・・・。

「で、その時に司馬奈々はお前に金をすがったんだろ。佐藤陽一が横領に失敗したから駆け落ち資金にするために」
「駆け落ち資金・・・」
「佐藤陽一の妻は離婚しないと言い張っていたらしいからな」

だからって駆け落ちなんてひどすぎます!
だけど、お金を貸してしまったわたしは駆け落ちを応援したようなものなのかもしれません。
わたし・・・。

「じゃあ、佐藤さんの奥さんはどうなっちゃったの・・・」
「お前、そこで妻の心配かよ」
「だって・・・お子さんだっているのに」

わたしはただただ、その佐藤さんの奥さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいました。

「まぁ、浮気されて駆け落ちまでされた佐藤の妻にはさらに追い討ちをかけることになるとは思ったが、佐藤陽一は未遂とはいえ会社の金を横領しようとしてたわけだから、そのことに関して報告はした」
「そ、それで・・・」
「女ってすごいよな。最初は動揺しててもさ、最終的には『子どもの父親に犯罪者はいらない』つって、佐藤が残していった離婚届にサインしてそのまま役所に出しに行ったらしい」

すごい。
女のわたしでもすごいと思いますよ、それは。

「じゃあ、奥さんたちは・・・今どうなっちゃったの?」
「幸せに暮らしてる、俺の部下と再婚して」
「え?」
「当時佐藤が残した仕事を引き継いで、いろいろ会社と佐藤家の間で走り回ってたやつが、相談にのってるうちに恋に落ちたんだと。無責任な佐藤に代わって俺が彼女を支えていくんだと、それはもう凄い勢いだったな。ある意味ダメ夫とスッパリ切れたからそれはそれでよかったのかもな。だから千穂が気にすることはない」
「うん・・・。って・・・もしかしてその人・・・」
「そう、今の営業部長。」
「うそ!」
「なんで嘘つく必要があるんだよ」

玲斗は何度か部下にあたる人の結婚式に出席していたのは知っています。
じゃあ、もしかしてその中には・・・今の営業部長さんもいたんですね。
いつも柔らかな笑顔で社員に慕われている営業部長さんの顔がぼんやりと浮かんできます。そういえばデスクの上にはいつも家族の写真が飾られていて、仕事が終わるとすぐに飛んで帰る愛妻家だ・・・っていうのは有名な話です。
でも実はそんな事情があったんですね・・・。
なんだか不思議な気分になってしまいました。

「まぁ、佐藤陽一と司馬奈々に関してのことはかなり内密に処理したから、あの程度の噂ですんでるけど、とにかくあの時の俺はもう怒り狂いそうだった」

それであまり話したくなかったのかもしれませんね。
それなのに過去をほじくりかえすようなこと、わたしが聞いちゃったから・・・。
わたしが奈々ちゃんにお金を貸したことを知って玲斗は一体どう思ったのでしょう。
事情を知らなかったとはいえ、もしかしてわたしはとんでもないことをしてしまっていたんじゃないでしょうか。

「玲斗、わたし・・・あのごめんなさい」
「なんで千穂が謝るんだよ」
「だって・・・」
「お前こそ被害者だろ。あいつらにとってみればくだらない愛とやらを貫こうと悲劇の主人公気分だったのかもしれないが、そのせいで周りがどれだけ迷惑をかけられたと思ってるんだ。その上、今更現れて千穂に金をせびるってどういうことだよ」

玲斗が怒るのはもっともです。
わたしだって許せるはずはありません。
自分があまりにも無責任なことをしてしまって、ホント自分自身に呆れてしまうくらいです。
もう二度と同じことは繰り返してはいけないんです。

「とりあえず明日から千穂の行き帰りは俺が送るからな」
「え?」
「朝は少し早めに出て、帰りは少し遅くなるが、地下の出入り口のところで待っとけ」
「だ、大丈夫だよ、わたし・・・」
「大丈夫なわけないだろ」
「う・・・」

バレてます。
確かに、玲斗が一緒にいてくれるのは安心です。
でも、そうして困るのは玲斗じゃないのでしょうか。
「じゃあ、お願いします」
わたしは玲斗のことを気にしながらも頭を下げました。


   









   



inserted by FC2 system