実はわたし、結婚してます





月に叢雲、花に風





それからしばらくは玲斗に送迎をしてもらったため、奈々ちゃんに会うこともなく、まるで奈々ちゃんに再会したのが嘘のように毎日が過ぎていきました。
これでよかったのです。
もう関わらないほうがいいのです。
奈々ちゃんがどんなに困っていようとも、玲斗だってたくさん迷惑をかけられたのです。それに信頼していた部下が横領しようとしてたなんて、きっと玲斗はものすごく傷ついたに違いありません。
裏切られた・・・
あれは玲斗自身が感じていた気持ちだったのだと思います。
わたしは今、玲斗の妻ですから、そして玲斗を愛してますから、玲斗が傷つくようなことは絶対にしたくないのです。

『まだ遅くなりそうだから俺のオフィスまで来い。』

地下の駐車場の出入り口で待っていたわたしはは、なかなかやってこない玲斗を心配して、電話をしようとケータイを取り出すと、そんなメールがはいっていることに気づきました。
時間は10分ほど前。

「うわ、どうしよう〜」

わたしは慌ててエレベーターに向かい、玲斗の個人オフィスのある階を押しました。


「遅い」
やっぱり・・・こうなるんですよね。
開口一番がこの言葉ですよ。
「ご、ごめんなさい〜。メールに気づかなくて」
なんかわたし、謝ってばかりです。
「まあいいけど。先に国府田に送らせるから、千穂はマンションに帰れ」
「え、待ってるから大丈夫だよ?」
「千穂、夜中にふたりきりでここにいたらお前どうなるかわかってんのか。」
「え・・・」
わたしは玲斗の言葉に過去の出来事が頭を駆け巡ります。
ここで・・・ここで・・・
「千穂、今お前が何考えてるか当ててやろうか」
「え、いや・・・いい!いいから!帰る!帰るね!!」
「待てよ」
うわ!いつの間にか玲斗に掴まれてしまいましたよ。
きゃー!
なぜか玲斗ってばわたしの身体を引き寄せて密着状態ですよ。
やばくないですか、この展開は。
「千穂、いいか。なにがあっても俺のこと信じろよ」
「え?」

玲斗が耳元で囁いたのは意地悪な言葉ではありません。
わたしがどういう意味か聞きなおそうとすると玲斗が唇を重ねてきます。しんと静まり返った玲斗のオフィスに唾液の絡み合う音がいやらしく響いていました。
「じゃ、あとでな」
予想とは違いやけにあっけなく終わってしまいました。なんか・・・物足りない気持ちです。
って何わたし残念に思ってるんでしょうか!
いいのです。これでいいのです。
これ以上ここで先に進んだら・・・ホント困りますから!
わたしは外で待っていた国府田さんに自宅マンション前まで送ってもらい、そこで別れました。
でも、わたしは国府田さんに部屋の前まで送ってもらうべきだったかもしれないと、すぐに後悔してしまうのです。

マンションのエレベータに乗って部屋まで行くと、そこに立っていたのは、奈々ちゃんでした。

「どうしてここに・・・」

このフロアには玲斗の家しかありません。
誰かを訪ねてきたであろう奈々ちゃんが用事があるのは間違いなくこの階に住む住人でしかないのです。
「おかえりなさい。千穂」
奈々ちゃんはわたしが知っている奈々ちゃんとはまるで別人のように思えました。
この前会ったときとはまた違う雰囲気です。
キャミソールにジャケットを着込み、ミニスカートを履いて・・・かなり色っぽい感じです。

「さすが、小石川さんね。こんなマンション、ポンっと買えちゃうんだもの。ねえ、中に入れてくれるよね」
「え・・・でも・・・玲斗に聞いてみないと・・・」
ここは、わたしだけの住処ではありませんし、持ち主は玲斗ですからね。
「その小石川さんにこの場所を教えてもらったんだもの。かまわないでしょ」

奈々ちゃんはわたしの手からカードキーを奪い取ると玄関にピーっとかざしました。
ど、ど、どうしましょう。
こんな強引に・・・。
玲斗にはもう関わるなって言われてるのに、関わらないわけにはいかない状況です。
奈々ちゃんが先に入り、わたしは仕方なく後に続きました。


   









   



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