実はわたし、結婚してます



父になる日





千穂が産休に入った。
本当はもっと早くに休ませてやりたかったが、あまり早すぎてもあいつはふらふら危なっかしいことばかりするに違いないため、俺の傍で監視するためにぎりぎりまで出勤させた。
しかし、どう考えても心配だ。
携帯も持たせてある。
いつでも連絡できるようにはなっている。
が。
千穂は自分からほとんどメールをしてくることもなければ電話をかけてくることもない。
なんなんだ。
淋しくないのか。
俺の声が聞きたいとか思わないのか。
まったく。
俺はイライラしながら仕事に追われていた。
私生活を仕事に影響させてはいけない。
そんなことはわかっているが、世の中の夫たちはみんなこんな気持ちで仕事をこなしているのかと、こんな立場になって初めてわかった気がする。
いつ生まれるかわからず、千穂に突然なにかあったらと思うと、悶々として落ち着かない。
あと何日こんな日を過ごせばいいんだ、俺は!

「ぼっちゃま、コーヒーが入りましたよ」
「国府田、千穂から連絡はないか」
「ございませんよ。予定日は来月でしょう?」
「なに言ってんだよ。予定日より早くなることだってあるだろーが!」
「まぁございますけどね。母になる女性は意外に落ち着いていて冷静なものですから」
「いきなり産気づいて倒れたらどうするんだよ!」
「いきなり酷い陣痛がくるということはあまりないと思いますが。あるとすればいきなり破水でしょうね」

いつもなら安心するはずの国府田の言葉にも妙にイライラしてしまう。

「ぼっちゃま、そんなにご心配なら、しばらく早めに帰られたらいかがですか。仕事はわたしにできる範囲のことはしておきますから」
「しかし・・・」

仕事のことは気になったが、俺は国府田の言葉に甘えさせてもらうことにした。
おそらく俺は会社にいてもたいして仕事は進んでいないからだ。

「国府田・・・なぜ男には・・・産休がないんだろうな」
「は?」

国府田は驚いたような顔で俺を見た。
なんだ。
俺は今なにかおかしなことでも言っただろうか。
不思議に思っただけのことを口にしただけなのに。

「ぼっちゃま、お変わりになりましたね。これも千穂さんのおかげですね。これからこの会社を変えていくのはぼっちゃまの役割ですよ」
「ああ・・・」

確かにそうだ。
千穂と出会う前の俺だったならば、千穂が妊娠するまでの俺だったならば、きっとこんなこと思いもしなかっただろう。
人はその立場になってみなければわからないことはたくさんあるというが、本当にそうだ。
けれど、千穂は違うだろうな。
あいつはいつだって相手の立場にたっていろんなことを考えている。
考えすぎて妄想で突っ走るところはあるが、そこが千穂の可愛らしいところでもある。

「ぼっちゃまは、これはお持ち帰りにならないんですか?」

国府田が両手で持ち上げたのは、数冊の育児雑誌だ。

「千穂も持ってる」
「そうですか」

仕事の合間にこの俺が育児雑誌を読むことになろうとは夢にも思わなかった。
千穂が無事に出産するために、俺ができることはなんだろう。

俺は仕事を国府田に任せ、退社するとすぐに自宅へと向かった。
早く千穂の顔が見たかった。
千穂の笑った顔を見て安心したかった。


   










   



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