実はわたし、結婚してます



母になる日





「千穂、あなたは来なくていいのよ。のんびりしてなさい。わたしたちが外に出るから」
「で、でもっ・・・」
「千穂、あなたが素敵な暮らしをしているようで安心したわ。大丈夫、千穂が不安になることはないから。少しだけあなたの旦那様を借りるだけよ」
「お姉ちゃん・・・」
「また会いましょうね、千穂」

お姉ちゃんはそう言うと、帰宅直後で着替えもしていない玲斗を外へと連れ出してしまいました。

その時間は約30分ほどだったけれど、随分と長い時間のように思えてわたしは何度も何度も時計に目を向けました。

玲斗はひとりで帰ってくると、こう言いました。

「千穂の姉は強烈だな」

確かにパワフルだけれど、わたしが知りたいのはそんなことではなく、一体お姉ちゃんと玲斗はどんな会話をしていたのか、です。
けれどどんなに聞いても玲斗は何も話してはくれませんでした。
突然やってきて、あっという間に去っていってしまったお姉ちゃん。今度はいつ会えるのでしょうか。
本当はもっといろんなことを話したり、相談したりしたいと思うのはわたしの我侭ですよね。
だってお姉ちゃんにはお姉ちゃんの人生があるのですから。
きっとまた近いうちに、ひょっこり現れてくれると思います!
それにしても、やっぱりどんな話をしてたのか気になってしょうがないんですけど〜。

「まぁ、なにはともあれこれで、千穂の家族全員に認められたことになるな」

玲斗がポツリと言いました。
認められた?
お姉ちゃんは怒ってはいなかったのでしょうか。わたしたちのこと。
玲斗はニヤッと意味深に笑うと、わたしをそっと抱き寄せ、キスをしてきました。
なんだか嫌な予感がします。
この展開はマズイ気がします。
けれどどこかで期待してる自分がいたりして、困ってしまいます。

「ね、玲斗・・・まだご飯食べてないよ。お腹すいたでしょ」
「ああ。こっちが先だろ」
「で、でも・・・」
「今日で、最後にするよ」
「え?」
「次は、千穂が母親になってからだな」

それって・・・。
一瞬意味がよくわからなかったのですが、出産後まではもうしない、ってことでしょうか。確かにお腹も大きくなって苦しくなってはきましたけど・・・でも玲斗はいつも優しく大事に抱いてくれるのです。
本当は当たり前のことかもしれないけれど、少しだけ淋しさを感じてしまいました。
きっと、玲斗にはわたしでなくても他にも女の人はいっぱいいますからね。
妊婦のわたしでは激しくできないので物足りないのでしょう。

「千穂、なに哀しそうな顔してんだよ。そんなに俺が欲しいのか」
「ち、ちがうっ・・・」
「ふーん」
「ま、まって・・・」

そうしてわたしはまた玲斗の言いなりです。
激しくなくても、優しい穏やかなつながりで、身も心も満たされていたわたしは、心から幸せを感じていたのですから。

出産前最後?に玲斗が抱いてくれたあと、わたしは玲斗の肌の温もりに身をゆだねていました。

「玲斗、わたしちゃんと母親になれるかな」
「千穂が母親だと、大変だよな」
「え!?やっぱり、無理かなぁ!?」

お姉ちゃんは応援してくれたのに、玲斗はもしかしてわたしが母親じゃ役不足だと思ってるんでしょうか。
ぎゃー、そうしたら生まれてすぐにベビーシッターさんとか雇われてですね、赤ちゃんの世話は全部プロに任せる、とか言い出しそうですよ!

「いや、お前、子どもにまでバカにされないように気をつけろよ」
「そ、そんなことないもん」

なんだ、そういうことなんですね。

「まぁ、俺の血をひいてるから頭脳明晰は確かだな」
「え!?自己中の俺様の血じゃなくて?」
「あ?なに言ってるんだよ、千穂」
「いえ、なんでもありません!」

きゃー!思わず口にしてしまいましたよ!
それにしても、玲斗ってば自分も子育てに参加するつもりなんでしょうか。
まさか!まさかね!
玲斗ともあろう人がまさか、ガラガラ持って、「パパでちゅよ〜!」なんて言うわけありませんよね!
うわ!想像しただけで恐ろしいです。
大雪大嵐の毎日ですよ、きっと!

でも、玲斗の本当の気持ちがわかりません。
一体玲斗はこの先どうするつもりなのでしょうか。
時々ふと、わたしは玲斗にこの上もなく愛されてるような錯覚に陥ってしまいます。
わたしは玲斗以外の男性を知りません。
だから、なおさら玲斗のことがよくわからないのかもしれません。
男性経験豊富の女性なら、手に取るようにわかったりするんでしょうかね。

赤ちゃんが生まれたら、何かが変わるような気がして、不安になる気持ちと、新しい命に出会えることの悦びの、ふたつの感情が入り混じってわたしを支配します。

玲斗・・・、わたし、今のままでいいんだよね?

そう心の中で問いかけてみたところで玲斗からの返事はありません。
かわりにお腹の中で赤ちゃんがぐにょっと動いたかと思うと思いっきりキックしてきました。
そうですね。不安になっちゃダメですね。わたしは母になるんですから。

わたしは玲斗の手を握り締めて、眠りに誘われていきました。



その3週間後、わたしは、母になりました。

直前まで女の子だと言われていたけれど、実際は男の子で・・・少しだけビックリしましたが、新しい命の誕生に、ただただわたしは涙を流したのでした。

ぎこちない手つきで生まれたばかりの赤ちゃんを抱き上げた玲斗が、わたしにはまるで天使のように見えた・・・なんてちょっとおおげさでしょうか。
けれど本当にそう見えて・・・わたしはもう少しだけこの幸せな夢を見続けていたいと思ってしまったのです。



母になる日、END


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