実はわたし、結婚してます 〜忘れもの〜







“弁当忘れた。届けて”

そんなそっけないメールが玲斗から届いていたのは会社に着いてからでした。
まったくも〜ホント何様なんでしょうね!あの旦那サマは!
会社では携帯を持っていないことになってるので、こうやってトイレにこもって定期的にメールチェックです。
あ、もちろん職場で携帯はNGですけどね〜。
時々こうやって玲斗からのご命令メールが入ってるので、ホント妻は大変です!

玲斗は取引先の人や会社の人との食事をしないときはお弁当を持参します。
これまたなんでかわからないんですけどねー。
玲斗ほどの人がお弁当持参って普通考えられないんですけどねー。
どうやら、外に出るのがめんどくさい、という理由らしいですよ。
ホント、わがままなお坊ちゃまです!
わたしなんて節約のためですよ節約のため!
お弁当持参の理由が根本的に違うんですよ!
それでもせっせと栄養バランスを考えて、毎朝お弁当を作るわたし・・・自分で言うのもなんですが、けっこう健気です!
こんなに愛情たっぷり込めてるって気づいてるんでしょうかね〜あの旦那サマは!

お弁当忘れて行ったのはもしかして今日は必要ないのかとも思いましたが、こういうこともあろうかと一応わたしの分と一緒に持参してよかったです!
しかし、お昼前に届けるべきか、それともお昼休みに届けるべきか非常に悩みます。
お昼休みはみんなが動きまわってるので見つかる可能性大ですからね。
やっぱりちょっと早めにトイレに行くと見せかけて、玲斗のオフィスに忍び込むしかありませんね。
玲斗もこの苦労を少しはわかってるんでしょうか。

お昼休み1時間前、自分の席を立ち上がると、サッと廊下へ出て、ロッカールームへと向かいました。なんだか挙動不審になってるのが自分でもわかるので、ドキドキしてしまいます。
あぁ、この緊張を何度味わえば気が済むのでしょうか。
お願いです。誰にも会いませんように。
心の中で必死で願いながらロッカールームへ。
運良くここまでは誰にも会いませんでしたが、問題はここからです。
お弁当箱の入ったこの紙袋(怪しまれないように社の紙袋ですよ!)をもって玲斗のオフィスまで行かねばなりません。

「井原さん」

ぎゃぁ!

「は、はい?」

わたしはドキドキしながら振り返ります。そこには元木さんが。
ああ、一番会いたくない人に会ってしまいましたよ。

「結婚してるって嘘かと思ったけど、もしかして結婚相手は社内の人?」
「え、えええと」
「井原さんてわかりやすいね」
「す、すみません」
「別にいいけど。そんなにコソコソしないといけない相手なんだ?」
「え、えーっと」

ど、どうすればいいのでしょう。
こんなとき、どう答えればいいのか、玲斗は教えてくれてません。
でもさすがに名前を出すわけにはいかないでしょう。

「も、元木さんご結婚されるんですよね?聞きましたよ。おめでとうございます」

これはもう、話をそらす、大作戦しかありません。

「あー、知ってたんだ。親が勝手に騒いでるだけだよ。女ってどうして早く結婚したがるんだろうね」
「さ、さぁ?どうしてでしょう」

わたしはべつに結婚したくてしたわけじゃないんですけどねー。
なんて言えませんが。

「井原さんはなんで結婚したの?」

気づいたら婚姻届にサインさせられてたんですー。

「もちろんす、好きだから、ですよ!」
「へー。井原さんも結婚に夢見るタイプなんだね」

夢!?
夢は見てないですけど。
一体元木さんは何をおっしゃりたいのでしょう。

「俺の既婚の友人たちは、結婚なんて束縛でしかないって言ってるよ。夜遊びもできないし、金は自由に使えないしね」
「そ、そうなんですか?」

玲斗は夜遊びもしてるし、お金も自由に使ってますけどね。
あ、その分仕事もしっかりしてるので、その辺は凄いと思ってますよ?

「結婚して幸せになれるとでも思ってる?」
「え、えと・・・し、幸せですよ?」

だって住む部屋も与えてもらったし、食べることには苦労もしないですからね。
それに玲斗は強引でめちゃくちゃで、逆らえないですけど、でもあれで優しいところもあるんです!
好きな人の側にいられて幸せじゃないわけないですから!

「あの、そろそろ仕事に戻りませんか?」

元木さんがここにいては、玲斗の元へ行けなくなってしまいます。
ああ、マズイ。本当にマズイです。
また玲斗を怒らせてしまいますよ〜。

「行かせない。って言ったらどうする?」
「え!?」

元木さんはわたしの背中をロッカーに押しつけると、身動きの取れないように覆い被さるようにロッカーに両手をつきました。
どうやらわたしを逃がさないつもりなのでしょう。
一体なんのためにこんなことをするのでしょうか。

「昼休みまではもうロッカールームには誰にも来ないだろうし、俺と井原さんが二人して仕事サボってるって噂になったらどうなるかな?社内にいる君の旦那も耳にするかもしれないね」
「あ、あの!?」

それは非常に困るんですけど!
玲斗の耳になんて入ったら、どうなるかわかりません。

「井原さん、君の旦那って誰?」
「・・・」

どうしましょう。
この状態。
ていうかなんでこの人こんな性格が悪いんでしょうか!

「それ、セクハラで訴えることができるけど、どうする?千穂」

こ、これは・・・
玲斗の声!?

「せ、専務・・・」

元木さんも驚いてさきほどの威圧感は一瞬で失われてしまいました。
それほどに、玲斗の顔は恐ろしく見えたのでしょう。
わたしは見慣れていますが、元木さんはこんな玲斗を見たことはないでしょうね。
ただでさえ、あまり顔を合わせることも少ない上に、こんな場所でこんな状態を見られてしまったわけですから。

「千穂の旦那が気になるなら教えてやるよ。俺だと言えば満足か?このことは追って処分を言い渡す。千穂、来い」
「は、はい」

玲斗・・・ものすごくものすごく怒ってます。
でもでも、今のは不可抗力というか、わたしには何も出来なかったんです〜、なんて言い訳通用するわけ、ないですよねー。
玲斗に見られてしまいました。
何もなかったんです。ホントです。そんなことを言っても信じてくれないかもしれませんね。

わたしは半ば強引に玲斗のオフィスに連れ込まれました。
玲斗の個人オフィスにはいると、ちょっと落ち着きます。
ほっとしたせいか、足がガクガクとしてその場に座り込んでしまいました。

「千穂!」

思っていたよりも、怖かったのかもしれません。
玲斗ではなく、元木さんが。
あんな状況に追い込まれたことが、怖くて怖くて、本当はずっと玲斗に助けを求めていたのです。
でも、わたしになにか非があるのなら、やっぱりわたしが悪いんです。

「千穂・・・」

玲斗は座り込んだわたしを抱きかかえると、メイクがぐちゃぐちゃになってしまいそうなほど顔中にキスの嵐を浴びせます。
それがどんなにかわたしを落ち着かせたことでしょう。

「玲斗・・・あ、ありがとう」

ほろり、と涙が零れます。
玲斗はソファに腰掛けると、わたしが落ち着くまで抱きしめていてくれました。


   




どきどきな社内恋愛。








    



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