蒼き月の調べ


波瀾編

第1章



「しかし、海棠家の長男は全くスキャンダルのない男だな。浮き名のひとつもないとは、本当に男かよ」
 男は運転席のハンドルに寄りかかるようにして、じっと校門を見つめ、無精ひげを軽く触りながら隣にいるもうひとりの男に聞こえるように呟いた。こちらはきょろきょろとあたりを見回している。
「この間の若紫もどうやら本当に婚約者みたいっすね。となるとロリコンてとこですかね」
「女子高生ならまぁ有りじゃないか。しかも月ヶ原に通う才女だしな。ここは警備も厳しい上に、多数の大物がバックについてるから、取材も難しい――ってお前、なに怪しい動きしてんだよ。通報されるだろーが」
「いやー、さすが月ヶ原学園、レベル高いなーって」
「当たり前だろ、全国から才能ある生徒たちが集まってきてんだからよ」
「そうっすよね。でもそれって容姿と関係あるんすかね?」
「あるんだろうよ、たぶんな」
「いいなー、俺も女子高生と付き合ってみたい」
「上手く接触して情報を聞き出せればいいけどな、お前じゃ無理だろう」
「あ、やっぱりダメっすよね」
「さて、そろそろ行くぞ」
「え、張ってなくていいんすか」
 月ヶ原学園には東西南北にいくつか校門がある。場所を変えながら一週間朝夕見張っているが、目的の人物を見つけることはできていない。その理由はわかりきっている。唯一ある車で乗り入れのできる校門を利用しているのだ。
「無駄だろう。別の作戦を立てた方がいい」
「別の?もしかしてあの女から新情報でも掴んだんすか?」
「いや、あの女はもう使えないだろう。――実は、若紫の叔母だという女から直接電話があったらしい」
「それイタズラじゃないっすか。金目当てでいろいろ出てくるもんでしょ?」
「俺も最初はそう思ったんだが、いろいろ証拠書類も持ってるようだ。一度接触してみてもいいだろう」
「へー、なんだか面白そうっすね」
「だろう?」
「しかし、あの栄子って女とホントに別れたんすか?俺も一回くらいヤらせてほしかったのに」
「あのなぁ…。確かにそっち方面は捨て難い女だったが。互いに利害関係が一致してただけだろう」
 車はゆっくりと発車し、月ヶ原学園から離れていく。そしてやがて大通りへ出て車の波にのみこまれていった。

   



   



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