蒼き月の調べ


第6章



 その日、空音が迎えの車で学校から帰宅すると、なぜかひとつの部屋に案内される。いつも人数が集まった時に会食に使われる部屋である。峰子や柊弥、甲斐や和義がいるのは特別なことではないが、驚いたのは先ほど別れたばかりの友人たちがいたことだ。他にも毎日料理を作ってくれる料理人や、世話をしてくれる使用人、空音がいつも会話を楽しんでいる庭師まで待っていたのである。
「今日は何かあるんですか?」
 驚いて尋ねると、空音の前にワゴンが運ばれてきた。目の前でさっととられた銀製の蓋―クロッシュというらしい―の下にはイチゴやその他のベリーがたくさん盛られた大きな丸いケーキ。そして『HAPPY BIRTHDAY』という文字プレートを見た瞬間空音は顔を上げて周りを見回した。
「空音さんのお誕生日をお祝いしたいと思いましてみなさんにお集まりいただいたのです」
 一番に開口したのは峰子だ。空音は今日が17回目の自分の誕生日だということを思い出した。誕生日パーティを企画したのは柊弥で、空音のために、と皆があれこれ動いてくれたのだという。空音の乗った車がやたらと遠回りしながら帰路にあったのはこれが理由だったのだ。
「夕海ちゃんや潤ちゃんまで…、ありがとう」
 空音は少し緊張気味に立ってるクラスメートで友人のふたりの姿の前に歩み寄るとそう告げた。
「迷ったんだけど、宮田さんに気さくなパーティですから、って言われて。それにほら空音がいつもシェフの山田さんの話をしてたから興味もあったんだ」
 確かに運ばれてきたケーキをはじめ、テーブルの上に美しく並んでいる料理の数々はすべて山田シェフの手作りだろう。長年海棠家で食事を担当してきただけあって、味も見た目も調理科にいる空音からしてみれば素晴らしく感激するものばかりだ。
 友人たちも空音が到着するまでの間、準備を手伝いながら、レシピや隠し味など教えてもらったというのだからちゃっかりしている。
 新年のパーティとは違い、言葉どおり本当にささやかなパーティで、和やかに時が過ぎていった。この場所にいる面々を見れば明らかに華麗な面子なのだが、そういった雰囲気を空音が感じることはほとんどない。友人たちも時間が経つうちにかなり打ち解けていった。子どもの頃、友達の誕生日会というものに呼ばれたことがあったが、その時のことを思い出すくらいアットホームなものになった。
 
「なんだか空音が別世界の人になったような気がしてたけど、こんなにあったかい家で過ごせてるんなら安心したよ」
 夕海にこそっと囁かれ、空音は頷いた。
 思えば、新しい環境に慣れることや、進路変更に、婚約騒動と続いてあまり省みることはなかったが、空音がこの海棠家に引き取られることになってから、不自由を感じたことは一度もない。住む世界の違った自分を温かく迎え入れてくれ、空音の身の回りを世話してくれる使用人もいつも優しく接してくれている。庭師などには「若いお嬢さんがいてくれると華やかでいい」などと声をかけられた。――本当に恵まれている。
 寒い冬の季節の誕生日、どうしてこんな日に生まれたのだろうと思ったこともある。ふいに窓の外を眺めると、ちらちらと白いものが舞い降りている。
「あ、雪……」
 空音が呟くと、いくつかの視線が窓に向けられた。
「今日は朝から冷え込みましたからね」
 このあたりで雪が降るのは珍しい。
「今日はもう外に出て歩きたいとか言わないでほしいものだが」
 柊弥が隣にやってきてそう告げる。
「言いません」
「どうかな」
「本当です!」
 この間別荘に行ったときに外を歩きたい、と強く懇願したときのことを思い出したのか、からかうように言われ、空音は頬をぷっくりと膨らませた。 
「まさかカキ氷にして食べたいなどと言われるとは思わなかったな」
「もう、柊弥さんてば!それは子どもの頃の話です」
 外は凍えるように冷たい風が吹いて木々が揺れている。それでもこの場所はとても暖かい。くすくすという笑い声が聴こえ、穏やかな時間がゆったりと流れていった。


   




   



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