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「やっぱりねー。どう見ても、先生は美月のこと大事にしてるし。普通さネックレスあげたり、携帯持たせたりって恋人にすることじゃない?まああたしも大人じゃないから、その辺本気で美月を妹みたいにかわいがってるだけなのか判断に迷うところだったけど」
絵梨は驚きもせずそう言った。
「で、なんで浮かない顔してんのよ。父親のこと?」
「いや、もうそれはどうでもいいっていうか」
先生が違うって言ってくれたから、もうそれだけでいい。
真実なんてどうでもいい。

「じゃあ、なんなのよ」
「うーん。なんか思ってたような感じじゃないっていうか。ほら少女マンガとかあるような『きゃー。大好き。手をつないだだけでドキドキ』みたいなのとはかけ離れてるというか」

だいたい、あれで本当に恋人同士になったのかどうかも謎だし。
あのあと特別なことはないし。
絵梨はあっけにとられたような顔をしてため息をついたかと思えば、言いたいことはわかる、かな。と手に広げていた小説を閉じた。
教室の窓辺にはあたしと絵梨しかいない。
この場所は休憩時間、あたしたちの指定場所のようになっている。窓から見えるのがグラウンドとかなら他の女の子たちがきゃーきゃ騒いでいてもおかしくないけれど、残念ながら見えるのは小さな庭園と音楽ホール。

「愛情っていろんな形があると思うのよ。たとえばさ、うちの双子の弟たちは、大きくなったらあたしをお嫁さんにするって言い張ってるじゃない?そんな二人見てるとホント可愛いし、成長して彼女なんて連れてきた日には叩き出すと思う」
「うわ、小姑だよ」
「うるさいわねー。いいじゃないの。ホントにかわいいんだから。ってあたしが言いたいのは、そういうのも愛情のひとつでしょってこと」
「そうだよね。恋人同士だって結婚すれば家族だもんね」
「美月は父親がいないから、余計包容力のある男の人が側にいてくれると安心するんじゃないかな」
「そうかも」
「ただの憧れとか依存しすぎとかならうまくいかないけど、本当にお互いが必要しあってるならいいんじゃない。それに美月は『きゃー、あの人かっこいい!大好きぃ!』なんてタイプじゃないじゃないの」
「ごもっともデス」

あたしは決して一目惚れするタイプではない。
「最初は、本当に父親とかお兄ちゃんみたいな存在だったんだよね」
それがいつからだろう。
こういう男の人がずっと側にいてくれたらいいな、と思い始めたのは。
中学生の時クラスメートに告白された時だっただろうか。初めて、その男の子と先生を比べてしまった。申し訳ないけれど、どこをどうとっても先生には勝てるはずのない男の子。決して悪い子でもなかったはずなのに。
けれど、先生はいつだってあたしの中では恋愛対象外だったから。
そうしなければいけないと思っていたから。
だけど、周りにいる男の子はどんなにいい人でも友達以上に好きにはなれなかった。

「でもさ、かっこいいわよね」
「なにが?」
「面と向かって愛してるなんて日本男児にはなかなか言えないって」
「ぎゃあああ!」

今更ながらあたしは思いっきり赤面。
そうよ。あんなストレートにあんなこと言われるなんて夢にも思っていなかった。

「そういう美月も珍しいし」

絵梨はくすっと笑ってみせた。
「ホント、美月って恋愛と水はダメよねぇ」
「うるさい」
「まあいいじゃないの。人間完璧な人なんていないんだし」
「そーゆう絵梨は完璧じゃないのー!」
「あら、昆虫全般は苦手よ。イコール生物」
「て言ってもそこまでひどくないじゃん。スポーツもできて、勉強もできて、家事、育児こなして、アンタ一体いつ勉強してんのよっ」
「ふふふふ。影の努力というものよ」
「絵梨・・・」
絵梨と付き合う男の人はすごく大変だと、思う。


夏に咲き乱れた向日葵も、そろそろ終わりだ。秋には秋桜や、桔梗、百日紅が咲き乱れる。紅葉の木なんかも綺麗に色づくだろうな。
園庭の水やりをしながらあたしはあれこれ考える。
花を見ていると嫌なことは忘れられる。

「美月ちゃん」
馴れ馴れしい呼び方。そしてこの楽天的な声。
「西尾先生」
振り返ればそこには派手男。

「良かった。登校できるようになったんだね?」
「あ、はい。おかげさまで。先生にも色々ご迷惑をおかけしました」
あの日、天野先生があたしにつきっきりで、病院にも付き添ってくれたから、学校で残ってた生徒に指示を出したり、学園長先生に報告に行ったりと動き回ってくれたのがこの人だ。
天野先生と一緒にいたばっかりに、初出勤の日から大変でしたね。ホントに。
ちょっとだけ同情の思いで先生を見つめた。

「いやー、初日からいろいろ勉強させてもらったよ。身体はもう大丈夫?」
「はい。このとおり」
「無理しちゃダメだよ?祥吾がまた心配するから」
「はい」

それにしてもこのヒトは何故この残暑の中、のこのことこんなところまで出てきたのだろうか。
暑いのに派手なスーツばっちり着こなしてるし。
汗をかいてる風でもないし。暑くないのかな。
「でも祥吾の動揺っぷりは初めて見たな。それだけ美月ちゃんが大切なんだね」
西尾先生は、そう言うとニッコリ笑った。
この人、分かってて言ってるんだろうか。

「美月ちゃんさ、モデルやらない?」
「は?」
何を突然言い出すのかと思えば。
「うちのブランドモデル。美月ちゃんイメージにぴったりなんだよね」
「ブランドって、西尾先生何者なんですか?」
「・・・な、何者って。いちお、『ディオサ・ブランカ』のデザイナーやってんだけど。ちなみに服飾コースと美術コースでデザイン教えてるんだけどなー」
「『ディオサ・ブランカ!?』」

って最近話題になってる高級ブランドだ。いろんな国の民族衣装を現代風にアレンジしてかなり個性的なブランドだ。
あたし好みのデザインだけど、手が出せる金額じゃないし、もっと似合うような大人になってからだなーなんて思ったりしてた。
なんだ。チャラチャラしてるけど、人は見かけによらないのね。

「美月ちゃん?そんなに睨まなくても」
「え?」
睨んでいるつもりはなかったけど、実は結構スゴイ人だったのだと思うと、まじまじと見つめてしまった。

「冗談じゃないよ?」
「何がですか?」
「いやだからモデル」
「お断りします」
「なんで」
「まだ高校生ですし。もっと相応しい方いらっしゃるでしょう?」
「年齢は関係ないんじゃない?」
「目立つの嫌いですから」
「そんなに目立ってるのに?」
「目立ってますか?」

目立つようなことは何もしていない。
いや、プールで溺れるという失態をしてしまったけれど。
西尾先生はあたしの顔をまじまじと見つめながら、少し頭をかしげながら聞いてきた。

「美月ちゃんて、大月みさきの親戚とか何か?」
大月みさき、か。天野先生は言ってなかったのかな。

「やっぱり似てますか?」
「似てる、というか、雰囲気は違うけどね」
「『大月みさき』はあたしの母です」
「あー、やっぱり。そうじゃないかな、とは思ってたけど」

そんなに似てるのだろうか。
原田先生も顔はそっくりだと言ってたし、吉井花恵さんもあたしを見るなりそう言っていた。
高校に入ってから何度も言われている。
別に似ていることが嫌なわけではないけれど、その理由だけで目立つのは嫌だ。

「母のような素質はないですよ」
「別に素質なんていらないよ。僕が欲しいのは美月ちゃんの持つオーラかな」

オーラ。
何を言ってんだこの人は。
胡散臭そうに眺めていると、西尾先生は人差し指を立てると、空を差しながら、上を見ろと顔で合図してくる。
あたしは先生の差す方向を見ると、真っ白な月が青空に浮かんでいる。
だから何だ。
昼間の白い月が何だと言うのだろう。

「美月ちゃんは、月の女神アルテミス。みさきさんは大地の女神デメテルってとこかな」
「は?」
「イメージだよ。ギリシャ神話知らない?」
「知ってますけど」
それくらい。
「僕はアルテミスの方が好みなんだ。考えておいて、モデルの話」

西尾先生はそう言い残すと、あたしの言葉を待つこともなく手をひらひらさせながら去っていってしまった。
何だったの、今の。

アレが天野先生の親友だなんてやっぱり不思議だ。




   


   


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