実はわたし、結婚してます〜番外編〜



わたしがスパイ!?



 その後の人事で、人事部長は部署の異動と降格処分が決まり、奥山さんの処分は保留となったようでした。玲斗の話では次の人事で営業所に異動になるだろう、ということでした。
 実際のところ奥山さん自身が何かをしたというわけでもなく、ただ自身が気に入らないということを訴えていただけだと言えば、それを鵜呑みにして人事を動かしていた人事部長に責任があるからです。とはいえもともと評判の悪かった人事部長の処分は、人事部の社員たちには密かに喜ばれていたようで、みんないろいろと苦労していらっしゃったのだと思うと複雑な気分でした。
 それを思うとわたしは恵まれた部署にいて、いつものほほんと仕事をさせてもらっているわけで、今回初めて部署によって、上司によって本当に環境やその場の雰囲気も大きく変わってくるのだと思い知らされました。
 営業部の部長さんはもともと温和な方なので、今回の営業部の社員たちに流れる不穏な空気に随分と心を痛めていたようです。探ろうにも個人的に誘うのも憚れるし、だからといって、学校のように皆を集めて「いじめをなくしましょう」などと言うのもおかしな話です。
 人事部長が実質人事の権限を失ったことで、奥山さんが大人しくなったかというと、決してそうではなく、傍目には変わらない様子で仕事をこなしているようでした。

「あの手の女が大人しくなるわけないだろ。次に自分の思い通りになる男を水面下で探ってるんだろうし、お目当ての人材くらいすでにいるだろうしな」

 玲斗の言い分はこんな感じです。

「営業所に異動になったところで、ケロッと立ち直ってのし上がってくるんだよ、あーいうのは」

 だそうです。
 表向きには大事にならず、わたしのスパイ活動は終了です。
 とはいえ、営業部の仕事を中途半端に投げ出すことはできないので、とりあえず忙しい時期が終わるまでは通常の勤務を続けました。
 すべてが解決したわけではないのはわかりますし、部署の空気が一気に変わるわけはないのですが、徐々に良くなっていけばいいなと思いつつも、奥山さんの様子を見ているとやはり彼女がいなくならない限りは大変なのかも、と思ってしまいます。

「ま、千穂がスパイ活動もできるってことが判明したし、またどっかの部署にもぐりこんでもらおうかな」
「え」

 もうイヤです。というあからさまな嫌悪あらわの顔だったのでしょう、玲斗はわたしの顔を見てけらけらと笑っています。
 やっぱり慣れない場所で仕事をしながら他のことを、なんて不器用なわたしには難しいです。本当に疲れるんですから。

「では井原千穂さんには慰労の意を込めて何か用意しておこう」
「いえ、そんなとんでもない」

 玲斗からそんなことされても怖いだけです。なんて言えませんが。

「ああ、温泉旅行でもプレゼントしようか?ぜひ夫君も誘って行きたまえ」

 なに上司ぶってるんでしょう、この人。しかも夫を誘えなんて夫は目の前にいるあなたですよ、と心の中で呟いてみますが、これをいちいち突っ込んで、玲斗の機嫌を損ねるわけにもいきません。

「お気持ちだけありがたく受け取っておきますので。……わたしはこれで」

 とりあえず玲斗の言葉に付き合いつつ、わたしはさっさとこの場を去る準備です。
 いろいろ思うところはあるんですが、実は玲斗の役に少しでも立てたという満足感でわたしの心は満たされていました。本当は玲斗からまた同じようなことを頼まれたらわたしはきっと簡単に引き受けてしまうでしょう。

「井原さん、どこに行ってたんですか?」

 いきなり声をかけられ、びくりとしてしまいます。奥山さんて実は千里眼でもお持ちなのでしょうか。と本気で思ってしまいます。

「あ、ちょっと上司に呼ばれて」
「あ、そうか。井原さんは営業の仕事だけじゃないんですもんね」

 本当は違うんですけどね。まぁ上司には違いないですし、そういうことにしてもらいましょう。

「井原さんって、小石川さんと連絡取れたりします?」

 さっき会ってきたばかりですが。そして家に帰れば嫌でも会いますが。なんだか嫌な予感がします。

「たぶん……」
「今度管理職の方々と合コン計画を立てているんです。なんとか都合つけてもらって、表向きは上司をおもてなししたい部下たちの集まり、みたいな感じで誘うんですよ。それで井原さんにもご協力願いたいなーって」

 ニッコリ笑う美しい笑顔がなんだかとても恐ろしく感じてしまいました。
 玲斗の言ったとおり、これが次のターゲット探しということでしょうか!?
 うわー…。
 玲斗は女ってわかんねー、なんて言ってますが、わたしにもわかりませんよ。

「一応、聞いてみます」

 たぶん、無理だと思いますが。
 次の人事の異動まで奥山さんの暴走はとめられないのかもしれませんね。いえ、きっと新天地でも、同じことがおこるのかもしれません。
 早くもとの部署に戻りたい……。
 小さくため息をつきながら、今日もわたしはがんばります。




END

  



最後までお読みいただきありがとうございました!
ありがちな?話を千穂と玲斗で描いてみました。
多少突っ込みどころもあるのですが、番外編ということでお見逃しいただければと思います。

完結後も千穂と玲斗を忘れずにいてくださってありがとうございます(><)
5周年のコメント下さった方、このお話でもって返信にかえさせていただきます。
千穂&玲斗がお気に入り、と答えてくださった皆様、本当にありがとうございました!

2013年 6月 蒼乃 昊



   



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