実はわたし、結婚してます



父になる日





それは千穂におしるしがあった翌日の夜のことだった。

「玲斗、起きてる?」
「陣痛か?!」

その日の夜、一緒にベッドに横になったもののなかなか寝付けず、なんとなくぼーっとしていたら千穂の不安そうな声に俺はすぐに反応する。

「うん・・・たぶん。さっきから時間はかってたら10分おきくらいだから・・・」

そういえばさっきから時計を何度も見てたな。

「10分おき?!お前バカか!もっと早く言えよ!」
「え、え〜?だってイマイチよくわからなくって。もしかしてそうかなぁって。それにほら病院は近いから5、6分おきくらいになってからでいいって言ってたし」
「ほら、さっさと行くぞ」
「待って、まだ10分おきだし」

起き上がって準備をしようとする俺を千穂が呼び止める。
なんだよ。

「もう少しだけ。お願い、傍にいて」

な、なんだ・・・。お願い?
千穂が今、お願い、と言ったのか!?
やばすぎる。なんでこんなときに、こんな可愛いこと言うんだよ。この女は。
俺は、千穂と一緒に時間を計ることを決めた。
しかし、陣痛は10分おきからなかなか進まず、千穂はいきなりシャワーを浴びるとか、掃除をしとかなきゃ、とか言い出す始末だ。
シャワーはともかく掃除や洗濯なんて言語道断だろ。

その後千穂はシャワーを浴び、陣痛の感覚が6分おきになったところで、国府田に車をまわしてもらった。
俺がさっき今夜病院に行くことを告げていたせいか、すぐに来てくれた。

「千穂、大丈夫か?」
「うん」

こんなとき、俺は一体千穂にどんな言葉をかければいいのか、サッパリわからなかった。

「ね、もうすぐ会えるね」
「ああ・・・」

しかし、そのもうすぐ、は本当にすぐではなく、それからさらに10時間ほどかけて出産することになった。
女の出産がこれほど大変だとは夢にも思っていなかった俺は、ただ自分の欲望のままに千穂を抱き、千穂を手放さないために子どもを欲した自分を激しく後悔した。
千穂の痛がる様子を目にしながら、俺は何度「もういい。もうやめよう。」と言ったかわからない。
その度に、大量の汗をかきながら千穂は歪んだ顔で笑みを見せた。

「大丈夫。大丈夫だから」と。

その言葉に、俺は・・・

千穂、子どもはもうこれでいい。
ひとりでいいから。
もう千穂を苦しませるようなことは二度としない。

そんなことばかり考えていた。
けれど、生まれてきた子どもを胸に抱いた千穂はまるでマリア像かなにかのようで、どこか神々しいものを感じた。
命の誕生。
そうだよな。
ひとつの命が、そんなに簡単に生まれてこれるはずがない。

生まれてきたばかりの赤ん坊を、俺は初めて抱かされ、戸惑いとそして喜びがこみあげてきた。
なんなんだろう、この不思議な気持ちは。

「お父様にそっくりですね」

看護師のひとりがそう声をかけてきた。
俺はなんと答えていいかわからず、ただただ、その不思議な命を見つめていた。


父になる日END

 

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