実はわたし、結婚してます



父になる日





玄関のドアを開けると、不安げな顔で千穂が待っていた。
まったく、妊婦のくせにこんな場所で立って待ってる女がどこにいるんだよ。
俺は急いで千穂を椅子へと座らせた。

「ねえ、お姉ちゃんと何話したの?」
「別に、普通の話」

千穂は俺たちが何を話していたのか気になってしょうがないのか、あれこれと聞いてくる。
けれど、そんなことを千穂に話したところで、あまり意味のないことだと思っていた。
あれは、千穂の姉が俺だけに確認し、千穂への思いを伝えたかったことだ。
障害とか、男が女になる気持ちは、俺にはよくわからない。
そしてそれをどんな気持ちで見守ってきたのかなんて、知ることなどできないだろう。
千穂がいつでもどんなときでも前向きで、笑っているのは、千穂がいろんなことを乗り越えてきた結果なのだろうと思う。

そんなことを考えてまた千穂が愛おしく感じた。

「これで、オマエの家族全員に認められたことになるな」

俺が近づきそう言葉にすると千穂の顔が一気に変わる。
そう、その顔。
少し怯えたように、期待している千穂の顔。
この顔が俺を誘うんだ。
けれど、さすがにそろそろ千穂の身体に負担がかかる時期に入ってきている。
千穂の身体のことや、生まれてくる子どものことを考えればそろそろ限界なのかもしれない。
けれど、どうしても今夜は千穂の身体を抱いて眠りたいと思った。
だから、これが最後だ、と自分に言い聞かせるように、千穂にも言葉にした。
出産すればまた千穂の身体を思う存分抱けるのだから。

それなのに、この俺の気遣いがわからないのか、千穂は残念そうな顔をしている。
もしかしてこいつはぎりぎりまでヤるつもりだったのか!?

「千穂、なに哀しそうな顔してんだよ。そんなに俺が欲しいのか」
「ち、ちがうっ・・・」
「ふーん」
「ま、まって・・・・」


待つはずがない。
しばらくできなくなるんだから、この俺をしっかりと刻み込んでやる。
丸みを帯びた千穂の身体なんて、そうそう味わえないからな。今だけの限定千穂だ。
そう思うと、余計に感情が高ぶってしまう。
けれど必死でその感情をおさえ、負担が少ないように千穂の身体を堪能した。


「玲斗、わたしちゃんと母親になれるかな」

肌を寄せ、千穂はぽつりとつぶやいた。

「千穂が母親だと、大変だよな」
「え!?やっぱり、無理かなぁ!?」


無理っつーか・・・。どう考えても・・・

「いや、お前、子どもにまでバカにされないように気をつけろよ」
「そ、そんなことないもん」

ムキになって怒るところがまたツボだ。
千穂が母親なら、きっと笑いがたえない家になるんだろうな。
ふとそんなことを想像し、俺のほうこそ、父親になれるのだろうかと、実の父の姿を思い浮かべながら考えてしまう。

本当はやりたいことがありながらも無理やり小石川家を継がされた実の父。父が唯一自分の我侭を通せたのは、母親との結婚だった。
経営者向きではない父を支えるために、俺や姉のことをほったらし、自由に生きた母親を、俺はもう責めることはしないだろう。

けれど父親は・・・?

俺には自分の父が一体何を考えているのかよくわからない。
あいつのように弱い男にだけはなりたくないと、必死で努力してきたつもりだ。

千穂との結婚生活で、避妊をし続けてきたのは、俺自身が不安だったからかもしれない。
仕事のことも家のこともなにひとつできない父親を見てきた俺が、父親になることなど考えられなかった。

千穂さえいればいいと思った。
千穂さえとなりで笑っていてくれるなら、それだけで。

けれど、人間とは欲深いものだ。
千穂との子どもなら悪くないとまで思ってしまったんだから。それに子どもができれば、千穂が俺から逃げ出すことは絶対にない。

俺の考えが少しだけ歪んでいることに、このときの俺はまだ気づいてはいなかった。

   

←応援頂けると嬉しいです★



   



inserted by FC2 system