実はわたし、結婚してます





花は折りたし、梢は高し





俺が司馬奈々の話をしたことで、千穂も気持ちの中で整理ができたのか、通勤時は俺と一緒に行動することを告げると素直に従った。
千穂と司馬奈々を再び会わせるのはかなり危険だと感じたからだ。
あの女は千穂に何をするかわからない。
まったくなんで千穂はあんな女にいつまでも同情してるかわからない。
どう見ても裏のある女なのに・・・千穂はもう少し人を疑うことを知らなければならない。
けれど、そういう女であってほしくないと願う自分もいた。
そうだ。誰でもかれでも信用して、誰にでも親切にできる千穂だからこそ、俺は千穂を手放したくないと思う。あの笑顔に癒される人間はたくさんいるだろう。
俺が妻にしなければ必ず近いうちに千穂は誰かの妻になっていた。
けど、それは絶対に許せない。
千穂は俺だけのものだ。
千穂の最初の男になり、千穂のすべてを俺のものにしても・・・俺はまだ千穂を求めている。

それからしばらくは、司馬奈々の影は身を潜めていた。
しかし、やはり、というか・・・俺の予想通り、司馬奈々は現れた。
千穂の前ではなく、俺の前に。

「ぼっちゃま、受付にぼっちゃまに会いたいという方がいらっしゃってますよ。司馬様です」
おいおい、自分の名前をそのまま名乗ったのか。
元勤務先で。あんなやめ方をしたにもかかわらず。絶対あの女自分のやったことの重大さに気づいてないだろう。
「会議のあとなら時間がとれる。待たせておけ」
「承知しました。ぼっちゃま・・・」
「わかってる。絶対千穂には知られるな」
「はい・・・」

国府田も、あのときの事件のことはよく覚えているはずだ。
内密に事を運ぶために、国府田もかなりいろんなところで掛け合ってくれたからな。
許されるべきことでないことをした、この会社に・・・のこのこと顔を出せるとはたいした度胸の持ち主だ。
だが、再び現れたからにはそれだけの代償も払ってもらおう。


「よく、この会社にくることができましたね」

俺は『仕事の顔』で彼女に声をかける。
俺のオフィスに入ってきた司馬奈々は今にも胸元が見えそうなキャミソールに軽くジャケット羽織、下はミニスカートで、会社へ入ってくるにはとても認められないような格好だった。
色気で俺を誘う気なのか。
どこまで単純で頭の軽い人間なのだろう。

「小石川さん、以前はご迷惑をおかけしました」
にこりと笑ってそう言う司馬奈々はとても謝罪の態度とは思えない。
「あたし、びっくりしたんです。まさか千穂とあなたみたいな素敵な人がご結婚されるなんて」
「別に驚くべきことではないでしょう」
「だって、千穂はあまりにも普通で平凡だもの」
「じゃあ君は普通で平凡でもないと?」
「ええ、もちろん。それはご自身でお確かめになっていただければわかると思います」

司馬奈々は短いスカートからのぞかせる生足を動かし、俺に近づくと豊満な胸を強調して見せた。
「で、本題はなんですか?」
「あたしをもう一度ここで雇っていただきたいんです。以前だって仕事の面ではお役に立てていたでしょう?あたしなんでもやりますよ?秘書としてだって・・・プライベートでも小石川さんを十分満足させてあげられると思うんです」

椅子に座って、言い分を聞く俺に、司馬奈々は俺のひざに乗りかかるように座ると、香水をプンプンと匂わせ、俺の首に両腕を巻きつけてきた。
どこまで頭がおかしいのか、この女は。
香水の匂いで吐きそうになったが、真っ赤に塗りたぐられた唇が、ますます気分を悪くさせた。
これは千穂に対する嫉妬か?平凡な女の千穂が結婚して、その相手が俺だと知って・・・この女の心に火をつけたのか。
やはり、千穂とこの女を会わせたくはない。
けれど、千穂は真実を知るべきだと思った。
この女の本性を。
もう二度と、同じ事を繰り返さないために。
俺の妻だと公表することになれば、きっともっと多くの醜い女たちの嫉妬を千穂は浴びせられることになるだろう。

俺がそのすべてから守ってやれると・・・
言い切れる自信はまだ、なかった。
女は恐ろしい。俺がどんなに千穂にバリアを張っていても、必ず隙間を見つけて千穂は攻撃される・・・。

「愛人になるというのか」
俺は口調を変えてみる。

「ええ、そうなってもかまわないわ。それにいずれわかるわ。あたしの方が千穂よりも妻にふさわしいって」
千穂より俺の妻にふさわしい女なんかいるものか。
「ベッドでのことを言ってるのなら、千穂以上の女はいないだろうな」
司馬奈々の顔が一瞬歪む。
ベッド以外でも、千穂以上の女はいないだろう。
「俺はこういう立場にいるから、女に不自由したことはない。その中で千穂は最高だ。ああ見えて千穂はベッドの中ではすごいんだよ」
「な・・・!」
「君が千穂以上?それを証明できるって?まあ無理だろうね。なんなら自宅までおしかけて、千穂の目の前でそれを証明でもしてみるか?」
「・・・・・」

さあ、どうでる。

「わかったわ。絶対あたしの方がいいって言わせてやるんだから」

おいおい、本気でこんなに簡単にひっかかるのか。
あまりに簡単に俺の罠にひっかかるこの女が、とてつもなく哀れに思えた。



   









   



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