実はわたし、結婚してます





花は折りたし、梢は高し





予想通り、司馬奈々は俺のマンションへとやってきた。
国府田からの報告で、俺はすぐに気づかれないように部屋に入り込む。リビングにいるふたりには気づかれてはいなかった。

千穂と俺だけの生活空間であるこの場所へ司馬奈々を招き入れることは本意ではなかったし、これ以上千穂を傷つけたくはなかった。けれど、どこかで俺は千穂の気持ちを見極めたかったのかもしれない。
そして千穂に女の怖さを身をもって体験させたかったのだ。
しかし、そんな俺の考えが、取り返しのつかないことをしてしまいそうになったことを、俺はあとで激しく後悔することになった。

「千穂!!」

司馬奈々を追い出し、安堵する千穂の表情に、これで終わったと思っていたその瞬間、千穂の身体が俺の中に倒れこむ。
何度呼んでも千穂の意識は戻らない。

焦った俺は、国府田に連絡してすぐに医療機関へと運んだ。
そこで俺は思ってもみなかった言葉を聞かされる。



「おめでとうございます。ご懐妊されていますね」

懐妊?
俺はただ放心状態でその言葉を聞いた。

「今は8週目に入ったところです。胎児に問題はありませんが、妊娠初期はいろいろ不安定にもなりやすいですから、今後気をつけてくださいね」
「は・・・い」

医者のにこやかに話す言葉に、俺はまだ信じられない気持ちで聞いていた。
目の前に横たわる千穂。
俺の妻である千穂が妊娠・・・。
別に驚くべきことでもなんでもない。
夫婦なんだから。

このところ避妊はまったくしていなかったのは心の中で、こうなることを望んでいたからだ。
それなのに、どうしてこんなに複雑な気持ちになるのだろうか。
けれど、本当に・・・
本当に、今、千穂のお腹に自分の子どもがいるのかと思うと、その現実をつきつけられる。
千穂は、何を感じるだろうか。
あんなに嫌がっていたのに。
千穂が俺との子どもを望んでいないなど、思いたくもなかった。

そして、もっと早くに気づいていれば千穂に司馬奈々を近づけさせたりはしなかったのに。
もし、司馬奈々のことで千穂に何か起こっていたらと思うと、それだけでゾッとした。


「今夜はこのまま入院されますか?」
「いえ、連れて帰ります」

俺はひょい、と千穂の身体を抱きかかえると、その場を後にした。
廊下の待合室では国府田が心配そうに待ち構えている。

「千穂さんは大丈夫でしたか?」
「ああ、問題ない。眠ってるだけだ」
「そうですか。よかったですね」



再びマンションに戻り、俺は千穂をベッドに横たわらせた。

「千穂・・・」

お前はどうするつもりなんだ?
もし、妊娠していると知ったら、何を思い、何を考えるんだろう。
本当は俺の子など産みたくないんじゃないのか。

俺は、千穂に真実を告げるのが怖くてたまらなくなった。

熱いシャワーを浴びて、頭をすっきりさせても、俺の中の不安は消え去ることもなく、妊娠初期に千穂を精神的に追い詰めてしまった自分を赦せるはずもなかった。

俺は布団に入ると千穂を抱きかかえるようにして、眠った。


「玲斗・・・」

千穂の声にまどろみから覚める。
「千穂、起きたのか?」
「うん。なんかいっぱい寝ちゃった・・・。ごめんなさい」
「いちいち謝るな」
「う、うん・・・」
「身体はなんともないか?」
「大丈夫みたい」
「そうか・・・。ならいいんだ」

俺は、この笑顔を守るためにどうしたらいい?

千穂が妊娠すれば、千穂はもう絶対に俺から逃れられない。
どこかでそう思っていた。
千穂が妊娠すれば、千穂の存在を明らかにせざるを得なくなる。
どこかで、俺は自分を追い詰めたかった。

現実にそうなった今、俺は・・・もう悩んでいる暇などなかった。




花は折りたし、梢は高し END


   



中途半端な終わり方ですみません。
次からはいよいよ千穂の妊婦編です。








   



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