蒼き月の調べ


第3章



「婚約発表だと?どういうことだ」
 正臣は不快感露わに声を荒げた。部下から電話で報告を受け、急いでテレビをつけるとちょうど柊弥の会見の様子を映していた。正臣はベッドから起き上がると、その様子を凝視する。
 柊弥は淡々と週刊誌にのった女性が自分の婚約者であること。まだ高校生であるためにその存在を公にはしてこなかったこと、そして成人するまでは公にするつもりのないことを話している。決して愛人などではなく、大切な存在であるがために、現在は見守るだけにとどめており、噂されるような関係にもないこと、彼女が学業に集中できるよう、卒業までは結婚する予定もないことを告げた上で、暗にこれ以上の報道は控えるように強く言い放った。
「まさ…ぉみさん?」
 秘書のさやかが裸のまま身体を起こし、正臣の身体にしがみつく。
「どぉしたの?そんな怖い顔をして」
「いますぐ高田に連絡しろ」
「え?」
「いいからすぐにだ」
「は、はい」
 先ほどまでとは違う声色に、さやかはそそくさとシーツを身に纏うと部屋を出て行った。
 正臣は衣類を身に着けることもせず、すでに話題の移ったテレビの映像を睨みつけるように見ていた。
 婚約者などと柊弥が言うとは思えなかった。正臣自身、柊弥が女性トラブルを最も嫌っており、ましてや簡単に婚約だ結婚だと言うはずがないのを知っていたからだ。正臣が愛人を多く侍らしていることも良くは思っていない。だからこそ、その最も嫌う女性スキャンダルを作り上げたのだ。
 柊弥の元に送り込んだ栄子から、柊弥が屋敷に女子高生を住まわせていることを聞かされ、これは使えると思った。少し調べてみればこの娘は身寄りがないが、あの月ヶ原学園に通っている。柊弥は若い人材の支援活動に熱心だ。当然ながら、その娘もその対象なのだろう。そして当たり前のようにそう釈明するであろうと思われたのだ。
 このスキャンダルは始まりにすぎない。これを機に海棠家の実態を暴露できれば、柊弥のスキャンダルから次男尚弥の問題、そして無能は総帥と頭のおかしくなったその妻の存在を明らかにしていくことができる。海棠家に排除され恨みを抱えている人物も集めた。彼らが次々に証言を重ねれば、影響力の大きい峰子とてその力を失うだろう。そのはずだったのだ。自分が力を得るための、シナリオ。しかし、すでに話題は、御曹司とごく普通の女子高生の歳の差純愛ロマンスになり代わっている。
「あの男……本当に忌まわしい奴だ」
 正臣はバン!と壁を叩きつける。怒りでどうにかなりそうだった。
「さやか!どこにいる、早く戻ってこないか!」
 さやかは恐る恐ると言う風に、ローブを羽織った姿で部屋に戻ってきた。
「栄子とは連絡が取れたか」
「はい。あの……杉山空音という方をお迎えに行ってからこちらに向かうって」
「なに?」
 その名前にぴくりと反応する。
「あたしにもよく…」
 わからない、と最後まで言わせず、正臣は頷いた。
「そうか」
 にやり、と笑みを浮かべる。
 さすがあの女は使える。身体だけでなく、頭の回転もよく、正臣の望んでいることをよくわかっている。もう少し愛想がよければなおいいのだろうが、栄子は情事の最中であっても可愛らしさのかけらもない。それだけが残念だと思われた。
「さっきは怒鳴ってすまなかったな」
「もう怒ってなぁい?」
 上目遣いでさやかが見つめると、正臣はさやかをもう一度ベッドへと押し倒した。
「怒ってないさ」
「ならよかった」
「さっきの続きをしようか」
「えぇ……あんっ」
 正臣はさやかの貧相な胸元を探りながら、栄子の身体を思い浮かべ、笑う。今夜はあの女にどう褒美をやろうか、と考える反面、柊弥が”婚約者”と言い張る空音という娘に興味がわいた。あの男が本当に女に執着する日が来ようとは思わなかった。いや、どういう思惑があって婚約者などと言ったのか。どんなに探っていてもスキャンダルのひとつもない完璧な男。あの男が本当に女に翻弄されているのだとしたら、これ以上面白いことはないように思えた。

   




   



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