蒼き月の調べ


第3章



 翌日、柊弥は雑誌の発売とともに会見をひらき、雑誌の内容が事実無根であることを告げると同時に婚約していることを明かした。
 すべてが柊弥の思惑どおりで、雑誌に書かれてあった悪意のこもった記事と、柊弥のイメージを払拭するかのように、その日の報道番組では海棠家の御曹司と才能溢れる美人女子高生との熱愛ロマンスの話題にすりかえられた。柊弥は空音が未成年であることや、学業に支障がでることを理由に実名や写真の公表は行わないとしていたが、やはり昨今の情報社会、インターネットなどでは空音の存在が多少なりと明らかにはなっていた。
 その日、柊弥は慌しく過ごしており、空音の様子を伺うこともできずにいたが、ホテルに閉じ込めている以上報道陣がおしかけるということはないと、特に連絡も入れなかった。
 空音が行方不明になったことを知らされたのは夕方のことだ。
 ホテルの一室にとどめ置かれている空音に夕食の確認をしにいった従業員が空音が出てこないというので、ちょうどその頃やってきた甲斐と共に部屋の中に入ってみると、空音の姿はすでになかったという。
 誰もいなくなった部屋で柊弥は呆然と立ち尽くす。
 ここには生活に必要なものはすべて揃っている。何か用があれば専用の従業員に声をかけるように告げていた。ゆえにひとりで出かける用事などない。
 制服と鞄がなくなっていることから学校へ向かったものと思われたが、すぐに和義が確認したところ学校も欠席しているとのことだった。
「すぐに捜索を。ありったけの人材を使え。警察にも連絡をしろ。ただし、報道陣には悟られるな」
 あまりにも無茶な要求に和義は柊弥を諌めたが、柊弥の苛立ちはさらに激しくなる。
「とにかく早く見つけるんだ!!」
「柊弥、所持金からしても空音さんは遠くには行けない。それよりも婚約の話、空音さんは納得なさっていなかったのでしょう?」
 和義にそう聞かれ、柊弥は表情を崩さず無言でそれに答える。
 空音が納得をしていたかどうかなどわからない。ただ柊弥には空音と海棠家の両方を守るためにはそれが最も良い方法だと思われた。
 それが間違いだったとは今も思えない。
 空音が才能ある若き人材であることを明かし、その援助をしているだけだと真実を告げることもできただろう。他ならぬ空音を引き取ったのは今も強い影響力をもつ峰子だ。それを明かせば確かに強引に幕引きはできたかもしれない。
 しかし、男女関係のあらぬ噂というのはいつでもよからぬ方向へ向かう。様々な憶測であれやこれやと昔のことまで引っ張り出されてきては困る。柊弥と空音が会うたびにつけまわされるのもなお困る。そうなればこれまでのように頻繁に空音に会うことすらできなくなってしまう。柊弥は心のどこかで空音との距離が開くことを恐れていたのかもしれない。ならば婚約者にでもしてしまったほうが、自分自身の手で守ることが出来る。それも堂々と。
 それに、と柊弥は思う。あの正臣がこれで終わりにするはずはない。空音のことはきっかけにすぎないだろう。これを機に海棠家の問題をあれこれ暴露され、弟や両親のことまで持ち出されては海棠家の存続にも関わってくる。
「とにかく空音さんが見つかり次第、ちゃんとお話なさってくださいよ」
 難しい顔をして黙りこんでしまった柊弥に和義は見かねて声をかける。
「で、正臣氏の方はどうなさいます?資金援助を打ち切ること、薄々気づかれているのでは?」
「あの人は私のもっているものがすべて欲しいのだろう。海棠家の長男として生まれ、すべてを引き継ぐはずだったのだと、そう思っているのだからな」
 正臣は祖父純一郎からほとんどの事業を引き継いでいるにも関わらず、その経営は杜撰だった。能力がないわけではないことは柊弥もわかっている。だからこそ資金援助も続けてきた。憎まれていることを知っていてもなお、私情を挟まずやってきた。にも関わらず、あの男は何も関係のない空音を巻き込んだ。
「女性スキャンダルか」
 柊弥がつぶやくと、和義がハッとしたように顔を真っ青にする。
「どうした?」
「空音さんが危ないかもしれない」
「なぜ―――」
 と言いかけたところで、柊弥も気づく。
 もしも、正臣が空音に接触でもすれば、あの男は空音に何をするかわからない。妻がありながら複数の愛人を抱え、女性スキャンダルの噂が絶えないのはむしろ正臣の方である。その尻拭いも何度もやってきた。
 もしも空音に近づき、不埒な真似をされたら……柊弥は思わず立ち上がると、声を荒げた。
「すぐに高田栄子をつれて来い」
 柊弥は第二秘書である高田栄子を呼びつけるが、彼女の姿はすでにどこにもなかった。

   




   



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