サクラの木


第5話 白い天使

(4)


「雪、止んだね」

 窓の外を眺め口にすると、河野くんが続けた。

「帰ろうか」
「うん」

 一緒に?
 と、心の中で問いながら、わたしもコートを羽織った。

「河野くんは自転車?」
「こんな雪の日に自転車は乗らないって」
「だよね」
「沢井さんはいつも徒歩?」
「うん。つぐみが駅まで徒歩だから」
「あ、そっか」

 教室をでると一層静まり返った廊下にわたしたちの声が響いた。

「雪、けっこう積もったね」
「ああ。小学生なら翌日の体育は絶対雪合戦だな」
「だよね」
「小3のときのサル男先生覚えてる?」
「覚えてる覚えてる。雪降ると必ず一番張り切ってたよね」

 猿渡光男っていう名前だからサル男先生ってみんな呼んでいた。それがとても嬉しかったようで、いつも冗談を言って笑ってばかりいる楽しい先生だった。

「授業つぶして雪遊びしてうちのクラスだけ授業進まなくて、しょっちゅう学年主任に怒られてさー」
「うんうん」

 高校の校門を出て少し歩くと、わたしたちの母校の小学校の登校坂が見えてくる。距離にしてみればほとんど離れていないこの小学校でサル男先生を中心に雪合戦をしたのはついこの間のことのように思えた。公立小学校であるために、サル男先生はわたしたちが6年生になったとき他の小学校へと転勤になった。
 この小学校へと続く十字路を登校坂の方へと向かわず、まっすぐに進んだところに小さな公園がある。
 この公園から5分ほど歩くと河野くんの家だ。そしてさらに10分くらい歩いたところがわたしの家。だから一緒に下校するときもよくこの公園に寄り道して遊んで帰った。
 こんなに近い距離なのにクラスが分かれてしまうと随分と遠い存在になってしまっていたんだなと思う。

「あ、見て。小さな雪だるま。誰か作ったのかな」

 公園脇の花壇のブロック塀のがあるであろう少し高くなっている場所に手のひらサイズの雪だるまがポツンと淋しそうに佇んでいるのが目に入った。

「俺らも作る?」
「え!?」

 わたしは河野くんの意外な言葉にビックリしてしまう。でも河野くんはいたって真面目で、どこか懐かしいいたずらっぽい瞳をしていた。
 公園にはほとんど足跡はなく、真っ白な雪景色で足跡をつけるのがもったいなくなるくらいだった。河野くんは素手で雪をまとめるとそれを雪に沈めて転がし始めた。

「わたし、顔の方作ればいい?」
「うん、よろしく」

 手はものすごく冷たくて、何度も中断しては手に息を吹きかけた。河野くんといえば、そんなことおかまいなしで大きなの塊を転がしている。
 できあがると、河野くんがわたしの作った顔の方を持ち上げて胴体につなげた。目は落ちていた木の枝をちょうどいい大きさに折って、うめこみ、口は南天の実を少しだけもらって、つけてみた。

「なんか変な顔」
 あはは、と笑っていうと、河野くんも笑った。
「いいじゃん。作ることに意味があるんだって」

 公園の真ん中にでーんと立つ雪だるまに誰か足を止めてくれるだろうか。
 わたしが真っ赤になった指に何度も息を吹きかけていると、河野くんがポケットからカイロを取り出してわたしの手のひらにのせてくれた。

「あげるよ」
 え、でも。と困惑しているわたしに、少し照れたような顔を見せた河野くんは幼い頃の河野くんの顔と重なった。

「俺んちそこだし、あっためて帰って。あ、ちなみに朝コートに入れたままのだから汚くないよ」
「あ、ありがとう」

 あったかい。氷のように冷たくなってしまったわたしの指がゆっくりとぬくもりを感じていくのがわかった。
 それから、恥ずかしくて河野くんの顔をまともに見ることができなくて、思わず下を向いてしまった。。
 しばらく無言のまま歩いて河野くんの家の前でようやく声を出せた。

「それじゃ」
「気をつけて。沢井さんなら滑って転んでも支障ないんだろうけど」
「え〜、なにそれ」

 そんな冗談を言ってもらえたおかげでなんだか気まずい空気はなくなった。
 河野くんと別れると、再び粉雪が舞い始めた。でもそれはどこか温かくて、わたしは傘もささず、カイロを両手で包み込んだまま家路へと向かった。

 その夜はなかなか眠ることができず、何度も寝返りをうっては一緒に雪だるまを作ったことを思い出していた。

   



   



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