サクラの木


第6話 卒業式

(1)

 まだ冬の気配の残る3月、蕾のままの桜並木の通学路をわたしたち3年生はそれぞれ特別な思いを抱えながら登校した。

「おーい、最後くらいしゃきっとしろー」

 お互いの進路の話でわいわいざわざわ騒ぐ3年生に、学年主任の先生が大声で叫ぶ。
 この時期にはほとんどの生徒が進路をを決定させている。すでに新生活の準備を始めるために上京したり、一人暮らしのアパートを借りたりして引越しを完了させている子たちも多かった。

 わたしも学生専用アパートの契約を済ませていて、同じアパートにはつぐみも一緒に住むことになっている。わたしたちは学部こそ違えど、春からまた同じ大学に通う。たまたま同じ大学を目指していたことも、わたしたちの仲を深くさせたのかもしれない。

 去年、わたしは大好きだった先輩をここで見送った。あれからもう1年も経ったのだと、なんだか感慨深い思いに耽ってしまった。

「ほら、二列に並んで、すぐ入場するぞ!1組〜、急げ!」

 体育館前の廊下で、先生たちが指示を始める。
着慣れないスーツを着込んだ山ちゃん先生を先頭に、わたしたちは名簿順に並んだ。
 わたしの隣は、河野くんだった。同じクラスのときは、いろんな行事でこんな風に隣になることが多かった。教室の席も、最初の席替えがあるまでは隣同士。もしくは斜めとか。
 初めて、河野くんの隣を歩いた小学1年生のときから12年、こうして最後も隣を歩くことになるとは・・・思いもしていなかった。

そして、体育館からその言葉が響く。

「卒業生、入場!」


 制服の袖が微かに揺れて河野くんの袖に触れているのがわかった。震える指先を何度かぎゅっと握り締め、わたしは前を向いてゆっくりと歩いた。
 彼の隣を歩くのはこれが最後なのだから。

 卒業生代表は、河野くんが答辞を読み上げた。その姿を眺めながら、彼は小学生のときも中学生のときも、こうやって答辞を読み上げていたなぁと懐かしく思った。
 小学校、中学校、高校、もちろん、たくさんの友だちと別れ、新しい友だちと出会ってきたけれど、でも、なんとなく当然の流れでここまできたような気がする。
 地元の高校なので小学生から一緒の子は河野くんだけではない。
 それでも、河野くんはいつもわたしにとって特別だった。
 いつでもわたしの前を歩いていて、尊敬して、憧れて、河野くんみたいになりたいと何度思ったことだろう。頑張ってみたところでかなうはずのないことに、諦めて、いつしか彼は遠い存在になっていった。
 そのまま遠い人であればまた違う思いでここに立っていたかもしれないのに、どうしてわたしたちはまた同じ教室で顔を合わせてしまったんだろう。
 あの幼い日の思い出のまま、心にとどめておくことができなかったんだろう。
 いろんな想いがこみ上げてきて、最後に『旅立ちの日に』を歌うときには、涙が溢れてきた。
 つぐみと出会って筝曲部で笑いあったことや、いろんな行事に奔走したこと、先輩に恋をしたこと、いろんなことがあった。その中でも最後の1年間が一番濃い色の記憶として残ったのは確かだった。
 さすがに高校の卒業式では泣かないだろうと思っていたはずなのに、わたしはハンカチを目に添えた。
 すすり声が聞こえてきて、泣いている生徒は意外にも多いのだと思った。


   



   



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