夏 君が微笑む   −第2部−







結婚式は、6月はじめのの吉日に決まった。
身内だけのささやかなものらしいけど。
お金持ちの次男とはいえ・・・婚約発表ですらビックリな規模だったし、御曹司の結婚式なんてどんなすごいことになるのか恐怖でいっぱいだった私にとっては少し拍子抜けしてしまった。
どうやら尚弥さんのお母様の体調があまりよくないので、大々的にはとりおこなわないことになったみたい。
ただ、時期をみて、盛大な披露宴はするそうで・・・
それがいつになるのか、ちょっと怖いところだけど。
とりあえず、私の緊張は少しだけほぐれていった。

けれど、結婚式には変わりないので、日取りが決まったあとは目の回るような忙しい日々が続いた。
まずは、尚弥さんの家にお引っ越し。
そして式打ち合わせ。
身内だけのささやかなものといえども、さすがに海棠のお家のことだけあって、スタッフは気合い入れまくりで大変な騒ぎになっていた。

そんな騒動になっても私は尚弥さんのご両親とはまだ顔合わせすらできていなかった。
どうやら海外に長期滞在しているんだとか。
そのかわり、あの怖〜いお兄様や空音さんには何度か会ったけれど、話がどんどん進められていって、私は口を挟むこともできないまま過ごしている。
尚弥さんのご両親はどう思ってるんだろう。
会ったこともない、こんな鈍くさい私を認めてくれるのだろうか。

「別に兄貴のときだって、親は何も言わなかったからいいに決まってるだろ」

と尚弥さんは特に気にしてないけれど・・・。
私としてはものすっごく気になるんですけどー!
だって、空音さんはすっごいキレイだし、品があるし、一般家庭の人って言ってたけど、なんだか私とはオーラが違うんだもん。
明らかに違いすぎる。

会社に行けば、別人のように優しい上司の尚弥さん。でも家に帰れば、なんだか俺様ちっくな・・・もうすぐ旦那サマになる尚弥さん。
私はこのまま本当に結婚してもいいのかな。
不安だらけの私は誰にも相談できず、悶々とした気持ちを抱えたまま、日々過ごすことが多くなった。



4月半ば。
私たちはいつものように3人でランチを楽しんでいた。
「ねえ、柚ちゃんは今日、行くよねぇ?」
「そりゃあ、絶対参加でしょ。ていうか強制参加じゃなかったっけ」
私の質問に、律ちゃんが超はりきって答えてくれる。
全員参加の新入社員歓迎会。
去年入社してから、あたしの身にはいろんなことが起きすぎて、あっという間の1年だった。
まさか、もうすぐ結婚することになるなんて。
このことを柚葉ちゃんや律ちゃんに相談できればまた違ったのかもしれない。
目の前でわーわーと楽しそうに言い合っている二人を眺めながら、あたしは気づかれないように小さくため息をこぼした。

「美絵は少しでも沢村係長と話ができればいいね」
「あ・・・う、うん」
突然柚ちゃんにふられて、私はぎこちなく笑って返事をする。
ふたりは、私の好きな人が尚弥さんだということは知っている。でも、まさかここまでの関係になってるなんて言えるはずもなかった。
尚弥さんは海棠の名前であることも隠して仕事してるわけだし、私が何かを言うことでばれてしまう可能性だってある。
ふたりを信用していないわけじゃないけれど。
もし話してしまって・・・やっぱり結婚はなかったことになりました、ってなったとき、私はどんな顔をすればいいかわからなくなってしまう。
きっとそれが一番怖いんだよね。
私って、ホント情けない。
もっと柚ちゃんみたいにはきはき何でも言えてかっこよくて自信のもてる女性になりたい。
律ちゃんみたいに美人で綺麗な女性だったら、私もここまで悩まなくてすんだのかもしれない。

新歓で柚ちゃんや律ちゃんと飲み食いしていたら、律ちゃんはさっさと新人の男の子を探りに行ってしまった。
なんとなく食欲が進まないでいると、尚弥さんが近づいてきて耳元で囁いた。
「さっさと抜けるぞ」

みると、顔は笑顔を装っているけれど、明らかに疲れて不機嫌そうだった。
こういうの、嫌いって言ってたもんね。
私も、苦手、なんだけど。


ホテルを出てお迎えの自家用車にふたりでこっそり乗り込むと、尚弥さんはいきなり上着を脱ぎ捨てた。
「はー、肩こった。あとでマッサージして」
「は、はい」
「別に普段はいいけど、こういうのだけはめんどくさいよな」
「だったら出なきゃいいんじゃー・・・」
一応全員参加、とは言われてるけど、体調が悪かったりとか仕事で重要な接待があったりすると出席してない人もいる。
「まー、この会社もあと1、2年で辞めるからなー」
「え、そうなんですか?」
「もともと頼まれてやってただけだし。本業は海棠グループの方だしな。兄貴が社長業継げば、俺はそっち手伝うつもりなんだよな」
「あ、そうですよね」
「今抱えてる仕事に区切りがつけば辞めるつもり。社長も了承済み」
そっか。
そういうことだったんだ。
だからお母さんの旧姓で入社してたのかな。

「それに美絵だって俺がいない方がやりやすいだろ?」
「え?」
「夫婦で同じ職場。まぁしばらくは仕方ないけどな」
「あたし・・・辞めなくていいんですか?仕事」
「辞めたいのか?」
「いえ、辞めたくないです」

せっかく掴んだあたしの場所だと思ったから。
鈍くさい失敗ばかりの私が、唯一認めてもらえる場所だと思ったから。

「だったら続ければいいだろ。別に俺は結婚したからって美絵を家で縛り付けたりはしねーよ」
その言葉に、あたしはなんだかじーんときてしまった。
尚弥さんをどこかで誤解していたのかもしれない。
もしかしたら、私の気持ちを本当に理解してくれていたのは尚弥さんかもしれないと思った。

不安はたくさんある。

空音さんが言っていたように海棠家の妻になるということ。
あまりに非現実すぎてあまり考えないようにしてきたけれど、きっと戸惑うことがいっぱいなんだろうって。
今、私の置かれた現実があまりにも恵まれてるから、私は結婚することで、今あるものを失ってしまうことが怖かったんだ。
仕事に対しても、尚弥さんに対しても、私はあまりにも自信がないから。
すべてを失ってしまうことが怖かった。





   




   



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