夏 君が微笑む   −第2部−







その日、私は仕事が終わっていつものように家路へと急いだ。
なぜなら、尚弥さんと暮らすようになってから、花嫁修業をすることになってしまったから。
やっぱり海棠の家に嫁ぐ、ということでそれなりの振る舞いをしなければならないらしく、お嬢様とはかけ離れた私は、なにもかもが初めての経験。
でも花嫁修業と言っても、マンガやドラマであるようなこわーいお局さんのような人に厳しくされるのではなくて、私の先生はなんと・・・空音さんだった。
それはきっと尚弥さんなりの配慮なのかなぁって思うとなんだか嬉しくもあり、やっぱりどこか嫉妬してしまう自分もいたり・・・もちろん空音さんにはなんの罪もないんだけどね。
私は自分に自信がもてないことが、一番の原因なんだよね。

「空音さんも花嫁修業されたんですか?」
「ええっと。してないですよ?」
「そうなんですか!」
「はい。どうして花嫁修業なんですか?」
「え、今日は花嫁修業って・・・」
「???」
空音さんは見るからに頭にクエッションマークだらけだった。
あれ?
空音さんは私の先生として来てくれたのでは・・・。
「尚弥さんから、空音さんに花嫁修業してもらえって・・・」
「えええ!!そうだったんですか!?」
「は、はい・・・」
「わたしには美絵さんと遊んでこいっておっしゃってましたよ!?」
「えええ!?」
わたしたちは目を合わせてお互いに笑いあった。
「尚弥さんてばイジワルですねぇ」
空音さんはその美しい顔に柔らかい笑みを浮かべて、ゆっくりとそう言った。
うーん、やっぱりステキな人だなぁ。
私よりも年下だなんて到底思えない。
でもそっかぁ。尚弥さんがニヤニヤしてると思ったら、私をからかって楽しんでただけなんだ。
「空音さん・・・」
「美絵さん、空音でいいですよ。美絵さんの方が年上なのですから」
「え、でも空音さんはお義姉さんになるわけですから」
「お、義姉さん・・・?」
「あれ、そうですよね?」
「あー、あ・・・!尚弥さんにとって柊弥さんはお兄様ですものね。なんだか不思議ですね!」
その話題が、とても楽しかったようで、空音さんは目をキラキラと輝かせて喜んでいた。
なぜか私も自然と笑ってしまって、空音さんは天然だと尚弥さんが言っていたのを、日に日に実感していくことになった。
なぜか会話はお互いボケボケだったりして、空音さんとなら絶対上手くやっていけるなぁって思うと、それだけでも嬉しく思えてしまった。

「あ、そうそう、今日は午後からドレスを見に行きましょう」
「え?ドレスはオーダーメイドって・・・」
そう、オーダーメイドなんて贅沢すぎるって言ったんだけど、やっぱり海棠家の妻となるからにはそれなりに必要なことらしく・・・強引に決められてしまった。
「週末のオープニングパーティのもの、まだ用意されてないってお聞きしたから」
「あ!」
そうそう!
そんなものがあるとかないとか尚弥さん言ってたよ!すっかり忘れてたけど。
「尚弥さん、今週は忙しいみたいで、淋しいですね」
「あはは、そうですね」

そう、せっかく一緒に暮らすようになったのに、実を言うと会社以外ではほとんど顔を合わせていなかったりする。
こうやって空音さんが来てくれないと、私、もしかしてかなり孤独でいっぱいになってたかもしれない。



「尚弥さん、今日って・・・何をすればいいんですか」
私は海棠家のお迎えの黒塗りの車に尚弥さんと乗り込んでドキドキしてしまった。
こんな扱いを受けるのはあの婚約発表の時以来。
そういえばあの日以来どんなことが待ち受けているのやら、なんて不安でいっぱいだったけど、結局のところ私の引っ越しと、空音さんの花嫁修業と称した訪問?実際は空音さんとはものすごく仲が良くなってしまったんだよね。
「にこにこして座ってろ」
「えー・・・」
それがわからないんだってば!
ホント尚弥さんてば、仕事ではあれこれと、これでもかってほど細かく説明してくれるにもかかわらず、自分の家のこととなったらものすごく適当なんだから。
今回だって、どうやらお兄様に頼まれて仕方なくって様子だし。
あまり家の話や家族の話も聞いたことがないんだよね。
両家の顔合わせの話だって、尚弥さんは「両親が今海外なのでまた改めて」とかうちの両親に話してるくらいだし。うちの両親も両親で、あっさりと「そんなにお忙しいなら式の当日でかまわかない」とか言っちゃってるし。
結婚てそんな簡単なものじゃないでしょーが!

「美絵、もう着くぞ」
「え?」

目の前にそびえ立つお城のような建物に、私は一瞬にして硬直した。


な、なんじゃっこりゃーーーー!!!



   




   



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