夏 君が微笑む   −第2部−







ああ、なんだかすっごく緊張する。
ハラハラドキドキしながら、私は尚弥さんの隣に座っていた。

勢いで婚約までしちゃったことは両親には言えずにいたから。
ちゃんと付き合いはじめてもうすぐ半年。
あの初夏の頃に比べ、季節も変わり、私たちも少しずつ変わりつつもあった。
それなのに、私がウジウジと何も親に告げられずにいるものだから、尚弥さんは思いっきり眉間に皺を寄せてこう言った。

「もう、俺が直接言う」

直接って、一体何を言うんですかー!
なんて思ったけど、きっと尚弥さんのことだ、またあの営業スマイルでウチの家族をメロメロにしてしまうに違いない。




案の定。


「あらー、美絵にはもったいないくらいのお方。本当にいいの?こんな鈍くさい子で?本気でいいのかしらー?考え直すなら今よ。今」
お母さんは思いっきりテンションが高い。
超浮かれている。お母さんがミーハーで面食いなのは今に始まったことじゃないけど、なにそのバッチリと決めたメイクは。
そう、うちの家族は朝からハイテンション。
私が「明日・・・彼氏が・・・」なんて口にしたものだから、最初はまったく信じていなかった家族も、昨夜の尚弥さんからの電話で、テンションがあがりっぱなしだ。
「うちの美絵はなあ。本当に何をやってもダメで。父親としても嫁にいけるかどうか不安で不安で・・・こんなのをもらってくれるなんてああ、生きててよかったなぁ」
お父さんは涙を浮かべて心から安堵している様子。

なんなの。みんなしてこんなのこんなのって。
そりゃー鈍くさいし美人でもないし、背も低いし、いいところなんてひとっつもないけど、あなたたちの血を引いてこうなったんだけどー?
って、なんで尚弥さんまで苦笑してんの!?
ごもっともです、なんて顔してるの見え見えなんですけど?

ああ、今日この場所に弟がいなくてよかったと心底思う。
弟がいたらさらにパワーアップしたテンションに違いない。



ひとしきり盛りあがったところで、私は尚弥さんをひっぱって家を出た。
ぜひ泊まっていって・・・なんて言ってる両親とこれ以上一緒にいられない!もうすぐ弟たちだって帰ってくるんだから!

「快く承諾してもらえてよかったな。じゃ、そういうことで来週には引っ越して来いよ」
「ええ!?な、何言ってるんですか!尚弥さん!」
車に乗り込む尚弥さんにさらりとそう言われ、私はまたしても驚き慌てふためいた。
だってだって、婚約しただけでも心が追いつかないのに、どうしてもう引っ越しなわけ!?
結婚の日取りだってまだはっきり決まってないのに。

「何って。お前、両親の承諾が得られたんだからもういいだろ」
もういいだろ、じゃないんですけどー!
当然のように言い放つ尚弥さんを前に、口をパクパクさせることしかできない情けない私。
そう、こんな風に私は尚弥さんの思い通りに操られてしまうわけ。
それにうちの両親はともかく、私まだ尚弥さんのご両親と顔合わせすらできていないんですけど!
尚弥さんの身内でお会いしたのはお兄様夫婦だけ。
尚弥さんは「事実上権力握ってるのは兄貴だから」なんて軽く言ってたけど、そういう問題じゃぁないと思う。
だってだってだって。
結婚て一生を左右することでしょう〜〜!?
ちゃんと報告しなきゃ、後になって、反対されたらどうにもならないじゃないの・・・。

「まあ、あとちょっとだから、家族と仲良く過ごせよ」
「え、ちょ、え?!」
「あ、そうだ。結婚式の前に、ホテルのオープニングセレモニーがあるから。まぁ海棠グループで働いてるわけじゃないから、どっちでもいいんだけど、一応海棠家の人間だからな。オマエも婚約者として出席しろ」
「えー??い、いつですか?それにオープニングセレモニーって・・・」
な、なんですかー!?
突然尚弥さんの口から飛び出した言葉に私は開いた口がふさがらない。
「3月?4月だっけか。まぁそのへん」
そ、そのへんて!
なんていいかげんなんでしょう。ううう。
「別に、キレイな格好して人形みたいに座ってればいいから」
人形って・・・座ってるだけ?
ホントに!?
そんなの絶対うそよー!!

「そ、空音さんは・・・」
「そりゃ、兄貴の妻なんだからそういうのは主役だろ」
「そ、そうですよね」
なんとなくホッとしてしまう。
だって彼女がいるのといないのとでは雰囲気が全然違うんだもの。
「そういえばピアノの生演奏するって言ってたな」
「ピアノ!?」
「ああ、アイツ今現役の音大生だからピーアールになるんだろ」
「音大生!?」
「あれ、言ってなかったけ?」
「聞いてません!」

なんでなんで尚弥さんはそういう自分の家のことを何も教えてくれないわけ!
いつもいつも突然でイキナリで、私はどうしていいか分からなくなちゃうんだから。
私の心配とは裏腹に尚弥さんは自分の車に乗り込むとあまりにあっけなく去って行ってしまった。
私は本当にあの人の妻になるのかな。
本当にあの人と結婚できるの?

それはそれはとても不思議な気持ちでいっぱいだった。
いまだに信じられない、というか。

そんな感じ。

「はぁぁぁぁぁぁ」

私は大きくため息をついて自宅の方を見つめた。
きっと部屋に戻れば質問攻めに合うに違いない。
どうしよう。
もう後戻りはできなくなってきてしまってる。

これがマリッジブルーってやつなのかな。




 




   



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