秋風そよぐ






営業一課の歓迎会。
結局、女はわたし一人参加となった。
柚葉は仕事が忙しいらしく無理だったし、その他声をかけた女性社員も営業一課と聞いてわけのわからない理由で断ってきた。
営業一課ね・・・確かに分かる気もするけどさ。
さすがにわたしの歓迎会もしてもらえるとのことで主役が断ることもできず、ため息をつきながらの参加。
そういえば、今年の新歓は春の異動の忙しさで疲れ果てた為に体調不良と言って強引に欠席してしまっていた。
どんな新人君が入ってきたのかさえも知らないな。

ビールを片手に周囲を見回す。
若いエキスもいるけど、やっぱり野球部の中にいる気分になってしまうのは気のせいか。
ああ、もっとイケメン集団ならばやる気も出ようものなのに。
「はぁ・・・。」
「元気ないですね、北野さん。仕事は慣れました?」
顔は知ってるけど、名前はまだ覚えられないウサギのような男の子が隣に座る。
田中部長でもいればまだ話を聞いてるだけでも面白いのだけど、あの人は女の子が多いところじゃないと絶対行かないんだろうな。
適当に相づちを打ってると、田端が「もっと相手してやれよ。」なんて言いながら割り込んでくる。
だったらあんたが相手すれば?とか思うけど、確かにこのむっさい男集団で、女が一人しかいないと、わたしのような女でも花になれるのだろう。


1軒目2軒目・・・と流れ、カラオケに行き・・・男ばっかで何が楽しいのか、と思うけれどやっぱりどこか部活動のノリのようなものがあって、盛りあがっている。話を聞いていると実際に社内でフットサルのチームとか作って活動もしているらしい。初耳だった。
なぜか付き合う羽目になっているわたしもとりあえずついていく。
さすが営業だけあって、みんななかなかお酒が強い。
わたしもかなり強いと思ったけど、けっこう良い勝負が出来そうな連中が多くてちょっと嬉しくもある。
部活動のノリは決して嫌いではないから(野球部のマネージャーやってたくらしだし)、会社の仲間として付き合うには楽しい連中だろうなと思った。

「律子さん。」
ランキング内に入っているいまどきの歌が響く中、ふいに名前を呼ばれ、わたしはその声の方へと振り返る。
「・・・。」
誰だ?
なにげにこの空気に合わない爽やか美少年が隣に座っていてちょっと驚く。
あらま、かっこいい子もいるじゃないの。

「ちょっと出ませんか?」
「・・・いいけど。」
新人のくせにやけに積極的ね。
でも顔は好みだから、ま、いっか。
そんな軽い気持ちだったのがいけなかったのかもしれない。
よく見れば気づいたのかもしれない。
でもお酒は入っているし、カラオケボックスは照明が暗いし、やっぱり気づくはずなんてない。


わたしたちは、この時間になってもいまだ華やかさを失わない繁華街を並んで歩く。
顔が好みで、軽くついてきてしまったけど・・・どこか適当な店に入るのかしら。
そんなことを考えていると、彼はいきなりわたしの方を見てにっこり微笑んだ。

「お久しぶりですね、律子さん。また一段と綺麗になったんじゃないですか?」
「はい?」

久しぶり?
わたしは頭をかしげた。
こんな爽やか美少年、関わった記憶はないんだけど。
「あー、やっぱり忘れてますよね。榎原陸人です、海人の弟の。」
「・・・・・・!?」
榎原海人・・・
今、この男の口から出たのは聞き間違いでもなんでもない。

「リクト!?あんたリクトなの?」
「あー、思い出してくれました?よかった。忘れ去られてたらどうしようかと。」
「忘れたってか・・・気づかないわよ普通。・・・あんた、成長したわね!昔はあーんなチビだったじゃないの。」
「・・・どうせ成長期が遅かったんですよ。悪かったですね。」
「てか、なんであんたがこんなところにいるのよ。」
「僕、この会社の新入社員ですよ?知りませんでした?しかも営業一課。」
「ええ!?何言ってんの。」

冗談も休み休み言えってもんよ。
しかもこんな美少年、いたら目立つし、このわたしが気づかないはずないじゃないの。

「事実です。じゃなければこんなところにいるはずないじゃないですか。」
「・・・そ、それはそーだけど。」
「昨年ここの会社受けてちゃんと内定もらいました。」

信じられない。
総務だったなら気づいていたかもしれないけど、年度末から年度初めにかけてはとにもかくにも引っ越し作業に追われていた。
なにせ引き継ぎとかあるし仕事を覚えるのも大変だったし。
開いた口がふさがらない・・・状態でわたしはぽかんと目の前の男を見た。

わたしは昔、リクトの兄、榎原海人と付き合っていた。



あまりにも田舎だった為、隣の市の高校へ1時間ほどかけて通っていた頃。
初めてできた彼氏が榎原海人だった。
長身のためか、なかなか男の子たちからはおそれられていたというか避けられていて、妙に女の子ばかりから人気のあった頃、高2の時に同じクラスになって、クラス委員を一緒にやったきっかけで仲良くなった。
その流れで自然と付き合うようになったのは紅葉真っ盛りの秋だった。
あまり男の子から好かれた経験のないわたしは今思えば恥ずかしくなるくらい舞い上がっていた。なるべく女の子らしくしようと頑張ったし、勉強だって彼に追いつこうと必死だった。
頭の良い彼はわたしの憧れで、図書館で一緒に勉強するのも楽しかった。
週末はデートしたり、わたしの家が高校からは遠かった為に、彼の家でご飯を食べさせてもらって一緒に彼の部屋で勉強をしたこともある。
何もかもが初めての相手が榎原海人だった。
しょっちゅう家にお邪魔していたので、家族公認だったし、海人の弟のリクトとも自然に仲良くなった。2つ離れているというリクトは海人とはあまり似ていなくて、身長も低く、男の子にしてはかわいらしい、という表現がよく似合っていた。
それを言うと必ず怒っていたけれど、わたしにしてみれば可愛い弟ができたみたいなものだった。


「律子さん、これから僕にお持ち帰りとかされてみません?」
「なーに言ってんのよ。冗談も・・・。」
突拍子もないセリフを吐いた目の前の男に、わたしは耳を疑った。
あの素直でかわいいリクトがそんなことを言うなんて、にわかに信じがたかったから。
でも、リクトはどうやら本気のようで、挑戦的な目をギラギラと輝かせていた。

「ほ、本気?」
「本気ですよ。僕じゃ相手になりませんか?」




   




   



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