秋風そよぐ






「ちょ、ちょっと!わたしまだ行くなんて一言も言ってないし!」
わたしのカバンを奪い去って楽しそうに歩くリクトに大声で叫ぶ。
「ぼーっとしてるのがイケナイんでしょ?別に最初からとって食ったりはしませんから。」
「食ったり、ってな、何馬鹿なこと言ってんのよ!」
「あはは。律子さんもしかして顔赤くなってます?可愛いですね。ただ僕は久しぶりの再会を一緒に喜び合いたいだけですから。」
喜び合うって。別にわたしは喜んでなんかいないだけど?
なんでまた別れた彼氏の弟と再会を喜ばねばならんのだ。

「行かない。」

冗談はそろそろやめてもらわないと。
わたしは立ち止まって楽しそうに前を歩くリクトに冷たく言った。

確かにあの頃は、弟のようにかわいがっていた。
でも昔は昔。
もう、あの頃のようにはできない。

「そういうことなら行かないわよ。わたしはもう関係ないでしょ。」

「どうしてですか?海人と別れたからですか?」
リクトは海人をお兄ちゃんとか兄貴、と呼んだことはない。いつも海人、と呼び捨てだ。そういう兄弟が増えているのも知っているけど、もともと仲が良いとはいえない二人だった。
「そうよ。もう別れて終わったことでしょう。今更海人の家族と再会を喜んで何になるのよ。思い出したくもないことを思い出すだけでしょ。」
「じゃあ・・・。僕と新しい出会いを始めればいいだけですよ。」
「それこそ意味分からないじゃない。」
「僕はただ・・・律子さんが・・・。」
「同情してるの?今更もう関係のないことでしょ。わたしだってあの後色んな人と付き合ったし、海人のことばっかり考えてないわよ。」
「じゃあ、僕と付き合っても問題ないじゃないですか。」
「だから、それが意味わからないっての!」
どうして付き合うとか付き合わないという問題が出てくるんだ。

繁華街の明るさとは違い、深夜の駅へと向かう道はもう人もまばらだった。
終電はもうなくなってしまったようだ。
でも、もともと今日は遅くなるかもしれないと思っていたから、ビジネスホテルに泊まる準備はしてきている。
この子の家に行くつもりなんてまったくない。

「僕は、海人が許せないんですよ。今では口もきいてません。まあ僕も上京しちゃって会うこともなくなりましたけどね。」
「だから、なんであんたが許せないのよ。」
「僕の好きな人を傷つけたから。」
「はい?」
「あの頃、僕はあなたが好きだったんです。もちろん今もそれは変わってません。あなたに認めてもらうためにここまできたんですから。」
「何言って・・・。」
海人と別れたのは、必然といえば必然だったのだと思う。

同じ大学を目指して勉強していたのに、わたしだけが合格して、海人は落ちた。わたしよりも頭がよくて合格確実と言われていたのに・・・。
それでもわたしは彼も合格した滑り止めの大学に行くつもりだった。
行くつもりだったのに、彼はもう、わたしとは口を利いてはくれなかった。
プライドの高い彼が落ちて、わたしが受かるなんて、彼にとっては屈辱以外のなにものでもなかったのだ。
結局わたしたちはそのまま破局した。
わたしは第一志望の大学へ行き、そして就職した。
彼は、滑り止めで受けた大学へ行き、そこで出会った彼女と学生結婚をしたと、噂で聞いた。


傷ついた?
傷ついたと言えば傷ついたのは確かだ。
当時、わたしは自分を責めて責めて、同じ大学へ行こうとしたことをどんなに後悔したかわからない。
わたしが落ちれば良かったのに。
何度そう思ったかわからない。
彼との大学生活を、どんなにか夢に見ただろう。
けれど、それは夢に終わった。
わたしがいるはずだった場所にはもう別の女性がいるのだから。


「リクトがわたしのことを好き?」
「そうですよ。あの頃、律子さんは海人に夢中だったから気づかなかったと思いますけどね。」
「そう。でも残念ね。わたしはリクトとはつきあえないわ。」
「僕がどれだけ努力しても?」
「そうね。絶対にありえない。」
「海人の弟だから?」
「ええ。」
「ふーん、じゃあ諦めないですよ。」
「はあ?」
「僕が海人の弟だという理由だけで僕とつきあえないというなら、僕はあなたを手に入れる。」
何を言ってるの、この子は。
「わたし、お金持ってる人がいいのよ。」
「僕は必ず出世しますよ。将来性はバッチリ。それにほら、容姿だって悪くないと思うし。ありがたいことに海人とは似ていないから顔で思い出すこともないと思いますしね。」

自信たっぷりにそう言い切られ、わたしは何も言い返せない。
その自信は一体どこから来るわけ?
確かに海人とは性格も違うし、顔も似ていない。
海人の弟だということを抜きに考えるなら、きっと”あら、かわいい男の子が入ってきたわ。”なんて思いつつ狙ってみたりしてたかもしれない。

でも付き合うとなると、わたしの家族的には結婚はいつするの?なんて話になるに違いない。わたしはまだ結婚なんてする気もないけど、あの人たちはきっとどんどん進めていくに違いないのだ。
そうすると、リクトの家族にも会わなければいけなくなる。
海人とも。海人の奥さんとも。
それは決して避けられないことだ。

そこまで考えてハッと気づく。
それ以前に、わたしは陸人を好きでもなんでもないんだから!





   




   



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