実はわたし、結婚してます








「千穂は今日一日のんびりしてな」
「う、うん。アリガト」

結局あのあと大人しく寝かせてもらえるはずもなく、再び激しく抱かれ朝を迎えましたが、体がだるくて仕方がありません。
玲斗はすべてわかっていたのでしょう。
わたしの有給は半日ではなく1日とってくれていたようです。
それにしてもあまりにもスッキリした爽やかな顔で出かけていく玲斗の姿が少しだけ憎らしくもあります。
わたしはこんなにも骨抜きにされているというのに。

本当に一体どういうつもりなのでしょうか。
わたしのような貧相な身体で満足してくれているのでしょうか。
あ、満足できていないから他の女性たちのもとへ行くんですよね。そうでしたそうでした。



玲斗の優しい?配慮のおかげで、一日休みになってしまいました。
といってもすでにお日様は高い場所にありますが。

重たい身体を持ち上げて、のろのろと洋服を着替えます。
このクローゼットに収まっている洋服はすべて玲斗が買ってくれたものです。
ハイ、もちろんわたしの好みとは全く違う、玲斗の好みのものばかり。
地味ーなわたしに似合ってるのか似合ってないのかよくわからない洋服たちですが、かなり高級なもののようですし、買ってもらった身分で贅沢なことは言えません。
それに好みじゃないから捨てる・・・なんてもったいないこともできません。
玲斗がおぼっちゃまでも、わたしは普通の庶民ですから!

それにしても、玲斗はわたしにものすごくめんどくさい要求をしてきます。
玲斗と一緒の時は必ずスカートをはくこと。
ひとりで出かけるときは必ずパンツスタイルにすること。
だそうで。
まったくもって玲斗の考えていることは理解できません。
別にスカートだろうがパンツだろうが、どうでもいいではないですか!

しかし、逆らうことのできないわたしは大人しくジーンズをはきます。
そしてなるべく地味なカットソーを着て・・・ジャケットを羽織って・・・外に出ました。

時々吹き付ける冷たい風が冬の訪れを知らせてくれます。
会社へ行き、暖房のきいた部屋で仕事をしているとこんなふうに季節を肌で感じることは少ない毎日です。
こういう休みの日は貴重なのです。

駅前の本屋へ行って少しばかり立ち読みをして、その後雑貨屋さんに立ち寄ります。
もうすぐ仲のいいイトコの誕生日なので、何かかわいいものがあれば送ってあげたいなぁと思ったりしてます。
そして最後はカフェでお茶をしながら購入した本をペラペラとめくります。
こうしてる時間に幸せを感じるわたしは、やっぱり生まれながらの庶民なのでしょう。

「千穂さん?」
「あ、・・・国府田(コウダ)さん。え・・・あれ?」

わたしは思わず見知った顔に、当たりをきょろきょろと見回してしまいました。

「今日はわたしひとりですよ。ご一緒してもよろしいですか?」

国府田さんはわたしの態度におかしそうに微笑むと優しく教えてくれました。

「ええ、もちろんです。。あ、えっとわたしは・・・」
「お休みでしょう?玲斗ぼっちゃまがまた強引にそうしたのでしょう?」
「あ、ええ・・・っと」

そんな風に言われると返答に困ってしまいます。
国府田さんは玲斗の秘書をしています。
そして、社内では唯一わたしたちの結婚を知るひとりで、婚姻届にサインをしてくれた人なのです。
玲斗よりも随分と年上で、とても優しい方で・・・玲斗が信頼している数少ない人のひとりです。

「わたしは今日は目の前のビルに入っている会社へお使いに来たんですけどね。ちょっと時間待ちです」

だいたい玲斗に付き添っていることが多いけれど、たまにこうやって国府田さんは玲斗のかわりにひとりで営業もするのだとおっしゃっていましたが。
こんな風に偶然知っている人に会ってしまうとちょっとドキドキしてしまいます。
特に玲斗に見られた日には何を言われるかわかったものじゃありませんから。

  また安っぽい店にいただろう。
  もっと旨い店に入れよ。

ああ・・・絶対言うのです。
あのいじわるそうな顔で。

「あの・・・国府田さん。わたしがここにいたことは玲斗には内緒にしてください。」
「おや、玲斗ぼっちゃまはそこまであなたを束縛しているのですか?困りましたね。」
「え、いえ。束縛とかはないんですが」

めんどくさいことになりたくないだけなんです。
そんなわたしの心の声を悟ってか国府田さんは快く了承してくれました。
本当にいい方です。
こんなに年上で優しい方が玲斗の部下だなんて・・・信じられません。

「ぼっちゃまの相手は大変でしょう?」
「あ・・・もう慣れましたので大丈夫です」
「そうですか。あなたくらいですよ。ぼっちゃまを支え続けられるのは」
「え?」
「ぼっちゃまにはもったいないくらいですね」
 
もったいない?
もったいないというならば、玲斗の方がわたしにはもったいないくらいの人です。
そう言おうとしたけれど、国府田さんはちらっと腕時計を確認しています。

「お時間ですか?」
「そうですね。そろそろ行かなければ。千穂さん、玲斗ぼっちゃまに困らされるようなことがあればすぐに知らせてくださいね。今日は楽しいお茶の時間をありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。これからも宜しくお願いいたします」

国府田さんは笑顔で手を振ってカフェを出て行かれました。
本当に素敵な方です。
なんというか、まるで英国紳士のような・・・ジェントルマンです。
玲斗もいつも側にいるのだから見習ってほしいものです。

それからしばらくしてわたしも帰途へつきました。


   




   



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