実はわたし、結婚してます
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さて、年末の恒例行事がやってきました。
どうあがいても断ることのできない忘年会。
こういうときは、どうしても断ることができないために、うちの旦那サマがものすごく機嫌が悪くなるのです。
しかし、今回はなんだか様子が違います。
玲斗は特に何も言わず、触れず。
いつもどおりの玲斗です。
その理由はすぐに判明しました。
会社で女の子たちが騒いでいるので、どうしたのかと思いきや、どうやら玲斗はうちの部署の忘年会に出席するようです。
なんてことでしょう。
憂鬱です。
このうえなく憂鬱です。
玲斗がうちの部署の忘年会に出席するということはですね・・・つまりわたしは監視されるわけです。
お酒大好きなわたしですが、ストレス解消に飲みまくる・・・ということができないではありませんか。
玲斗の機嫌が良好なのは・・・わたしを監視できる上、うちの部署の女の子たちに囲まれて楽しめる・・・きっとそういうことなのでしょう。
それにしてもどうしてわたしは男の人と軽く話すだけでも怒られるというのに、自分は女の子たちと好き放題・・・不公平だと思いませんか?
ええ、不公平です。
不公平ですが、何も言えません。
玲斗の言うことは絶対ですから。
「井原さん、ケータイの番号教えてよ」
隣に座ったひとつ年上の同僚、元木さん。異動したての頃からいろいろとお世話になり、仕事も手伝ってくれる好青年です。
「えっと・・・携帯電話持ってないんです」
もちろん嘘デス。
玲斗からそう言え、と言われているので仕方がありません。
もちろん携帯電話は玲斗専用。
たまに親・友人です。
会社の人や男の人の前では携帯電話は持っていないことにするのです。
もちろん常に・・・バイブすら無しのマナーモード。
なので玲斗からの連絡も気づかず、よく怒られます。
「え、いまどき持ってない人なんているんだね」
「ええ・・・わたし機械オンチで・・・」
これは本当のことですが。
「でもケータイくらい持ってたほうがいいよ。便利だし」
「そうですよね」
ああ、なんだか心がチクチクと痛みます。
嘘をつくって辛いことなんです、ホント。
「うーん、仕方ないなぁ。井原さんてなかなかこういうの参加しないから、打ち解ける機会もないし・・今度ふたりで食事にでもいこうよ」
「えーっと・・・」
困りました。
わたし断るのって本当に苦手なんです。
そんなときふと玲斗と目が合いました。
一列向こう側の真ん中で女性たちに囲まれています。
あーあー、ひとりの女性の豊満な胸が玲斗の肩に確実に触れていますよ。
相変わらずです。
それにしても、確実にわたしを睨みつけてます。
怖いです。
自分は女性の豊満な胸を堪能しているのに、満足できないのでしょうか。
わたし・・何もしていないと思うんですが、やはり男の人と少しでも会話しているのが気に入らないのでしょうか。
返答に困っているとそこへ救いの神が。
どうやらこの辺で一次会は終了のようです。
幹事さんが二次会の説明をしています。
これでこの飲み会からは逃れられそうです。
それにしてもはっきり言って飲み足りません!
「井原さん」
あれれ。
分からないようにそっと抜け出したつもりでしたが見つかってしまったようです。
「元木さん、みなさん二次会に行かれたみたいですよ?行かないんですか?」
「井原さんは?」
「わたしはこれから帰るんです」
「まだ時間早いよ?どこかで飲み直そうよ」
「えーっと・・・わたし門限がありまして・・・」
これは本当ですから。
「はぁ?井原さんて・・・いくつだっけ?」
「25歳です」
「そうだよね。まだ門限なんてあるわけ?」
怖い怖い旦那サマがいますのでまだ門限があるんです。
「たまにはいいんじゃない?ハメをはずして怒られてみるのもいいよ?」
・・・玲斗に怒られるなんて絶対イヤです。
ただでさえ怖いんですから。
「あの・・・えっと」
「ね、いいじゃん。飲みに行こう」
「ちょっ・・・」
元木さんはわたしの手をつかむとケラケラと笑ってひっぱります。
「実はわたし、結婚してるんです!」
「は?」
「そういうわけで。帰ります」
思いっきり元木さんの手をはねのけると、わたしは深くお辞儀した。
「すみません。一応このことは秘密にしてください。では!」
そして思いっきり・・・全速力で駅まで走りました。
一度振り返りましたが、追ってくることはなかったようです。
ああ、よかった助かりました。
ほっと息をついて、定期を取り出そうとカバンをごそごそと探ります。
「千穂」
名前を呼ぶ声に驚いて顔をあげると、目の前には怖い顔をした旦那サマが立っていました。
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