実はわたし、結婚してます





花は折りたし、梢は高し





ある日、家に帰ると、俺よりも先に帰って自宅にいるはずの千穂は家にはいなかった。
まさか、また出ていったのではないかと、焦った俺はすぐにケータイのGPS機能を使って千穂の居場所をつきとめる。

「あのバカ、なんでまだ会社の近くでふらふらしてんだよ」

会社近くで千穂の存在が明らかになると、ホッとすると同時にやはり怒りが込みあがってくる。俺は国府田に連絡すると、再び車を回してもらった。
車の中でもモヤモヤしたまま俺は千穂に会ったら何を言うべきか、なるべく冷静でいようと思い巡らせていた。
千穂のこととなると、どうしても感情が高ぶってしまうからだ。


千穂がいるはずのカフェに入ると、そこには信じられない光景があった。
千穂と一緒に座っているのは・・・かつて会社に多大な迷惑をかけた女、司馬奈々だ。
なぜ千穂があの女と一緒にいるのだ。まさかずっとつながっていたのか。昔友達だと言っていた。千穂が借金してまで金をかした女だ。なぜ・・・。
近づくと、ふたりの会話が聞こえてくる。

「ねえ、千穂。一生のお願い。千穂も働いてるんなら少しくらい余裕あるよね。少しだけでいいのお金を貸してほしいの。もちろんちゃんと返すから。前に借りたぶんも合わせて絶対返すから」
はああ?
なんだ、この女。ふざけてんのかよ。

「奈々ちゃん、ごめんなさい。それはできない」
「なんで?旦那さんうるさい人なの?」
「もちろん、れ・・・主人に黙ってお金を貸すこともできないけど、やっぱりお金は簡単に貸し借りするものじゃないって思うから」
「千穂!あたし困ってるんだよ?友達でしょ?力になってよ。なんでも力になるって前に言ってくれたじゃない。あたしのこと助けて。お願い」

プチン、と俺の中で何かが切れる。

「千穂」

「な、なんでここに・・・」
千穂の動揺と焦りが表情に出る。
そんなに俺に知られたくなかったのか、この状況を。

「先に退勤したくせに家にいなかったからだろ。ケータイのGPSで調べた」
「ご、ごめんなさい」

千穂の申し訳なさそうな顔が、妙にイライラした。
なぜこの女にこそこそ会ってるのか。
自分が借金でみじめな生活を送っていたことを忘れたのか。
千穂の表情ばかり気にして、司馬奈々のことなんてまったく眼中になかったが、この女はしっかりと俺の顔を見て、俺の名前を口にした。
一応上司の顔くらい覚えてるってわけか。

「お久しぶりです、司馬奈々さん」

俺は会社での顔でそう言った。

「千穂は私の妻なんでね。ここで失礼させていただきますよ」

それだけ伝えると、千穂の腕を掴んだ。
「千穂、立てよ。さっさと行くぞ」
「ま、待って・・・」
慌てて千穂はバッグを掴むと、俺に引きずられるようにしてついてきた。

そのまま道路わきで俺たちを待つ国府田の運転する車に乗り込むと、ちらっと千穂の方を見つめた。
何も言わず、黙ったままの千穂に俺は再び怒りを感じ始める。
なぜ何も言わない。

「千穂」
「はい!ごめんなさい!何度も連絡しようと思ったんだけど、できませんでした!」
いきなり謝り始めた千穂の姿に、俺の心の怒りは一瞬で消えていく。単純だな、俺も。

「別にまだ何も言ってないだろ」
「だって、帰りが遅くなっちゃったし。ご飯もまだ用意できてないし」
なんでそこなんだよ・・・。コイツほんとにわかってんのか。
「別にいいよ、そんなこと。それよりなんでお前が司馬奈々と一緒なんだよ。まさか連絡取り合ってたんじゃないよな」
「ま、まさか!ホントに今日まで音信不通だったんだよ。だけど、帰りに会社の外で奈々ちゃんが待ってて・・・それで・・・」
「それで拉致されたのか」

相変わらず騙されやすい女だ。
ぜったいお菓子を目の前に出されたらほいほいついていく女・・・。だからこそ、俺は千穂を好きになったんだが。それにしても散々傷つけた相手にほいほい拉致されるバカがいたとは・・・そしてそれが俺の妻・・なんだから笑い話にもならない。
千穂はいったいなにを考えているんだろうか。
まさか同じ過ちを繰り返す気じゃないだろうな。
俺は千穂に何度も、同じ事を繰り返さないように伝えたが、千穂の返事はあまりにも適当なものだった。


自宅に着いて、少し遅めの食事になると、千穂が申し訳なさそうに、俺に聞いてきた。
「ねえ、玲斗、奈々ちゃんて実際のところ何したの?わたし当時のことは何も知らなくて」

千穂の発言に俺はあきれ果てた・・・。
真実を知れば千穂は自分を責めるかもしれないと思ったが、すべてを話さなければこの女はまた同じ事を繰り返すんじゃないかと、俺は千穂に過去の出来事を話すことに決めた。





   









   



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