蒼き月の調べ


序章


「わぁ、麻衣ちゃん綺麗」
「ふふ、ありがとう」

 新婦の控え室に入るなり、瞳に飛び込んできた麻衣のウエディングドレス姿に、空音は思わず感嘆の声をあげた。
 空音よりも8歳年上の麻衣は、空音が祖母の元に引っ越してきてから、隣人として空音を可愛がってくれた幼馴染のお姉さんだ。面倒見がよくいつも笑顔を絶やさない麻衣は空音の憧れの存在でもあり、また尊敬する人物でもあった。
 そんな麻衣に大役をお願いされたのは、3ヶ月ほど前のことだった。結婚式でピアノの生演奏をして欲しいという。

「空音ちゃんがピアノよりもオルガンの方が好きなのわかってるんだけど、式場にはオルガンがないらしいの」
「でも、わたしよりもっとプロの人が演奏してくれるんじゃないの?」
「普通の結婚式なんてだいたいCD流すのが普通よ〜」
「そうなの?」
「だから空音ちゃんにお願いしたいの。わたし空音ちゃんの音が好きだから」

 そう言われて断れるはずがなかった。


 空音は麻衣が用意してくれた淡い紫色のドレスを身に纏いピアノの生演奏で、麻衣を迎えた。
 しんと静まり返った式場に、アヴェマリアが流れるように美しく奏でられ、純白のウェディングドレスを纏った麻衣は、この場にいる誰よりも美しい。
 その後も要所要所でピアノの生演奏を披露し、麻衣の結婚式を見守ったのだった。
 最後の退場では、立って見送る空音に麻衣は涙を浮かべながらブーケをぽんっと持たせると、笑顔を浮かべた。

「空音ちゃんの結婚式楽しみにしてるわね」

 小さく囁かれたその言葉に、空音は呆然と立ち尽くす。まだ15歳の空音にとって結婚はまだまだ遠い話のように思えた。けれども法律上は16歳で結婚できる。確かにあと一年もすれば親の許可さえあれば結婚できる年齢になるのだ。

 結婚―――それは空音にとってあまりにも重たい言葉でしかなかった。

 わたしは結婚なんかしない、そう心で叫んだのはいつだっただろうか。ずっと昔のまだ世の中のことがなにひとつわかっていない幼い頃だった。いつどんなことがあってそんな風に思ったのか、空音は覚えてはいない。
 ただ、結婚はしないのだと、心に決めたことだけは覚えていた。

 去り行く笑顔を空音はブーケを抱えたまま静かに見送った。



 






   



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