「柚葉、なんか今日は浮き足立ってない?」
「あ、柚ちゃんはねー、社長が今日帰ってくるからでしょー?」

ランチの時、律子と美絵の二人に顔を合わせた瞬間、そんなことを言われてしまった。
「そ、そう?なんかまたいじめられるのかと思うとね・・・」
あたしはなんでもないという風に椅子に腰掛ける。
そわそわしているのは事実だ。
そんなに態度に表れているのだろうか。

「社長、いつ戻るの?」
「午後だと思う。昼頃に空港に着くって言ってたから」
もう空港には着いているかもしれない。
会社に近くなったら電話をくれるとか言ってたけど、いきなり帰ってきて驚かされそうな気もしたりする。さあ、どっちだろう。
まさか会社でいきなり抱きついてきたりはしない・・・と思うけど、ってうわー、何あたしそんな乙女チックなこと考えてんだ!?
「あーこれで、女子社員がまたやる気出すね」
律子が吐き捨てるように言っているけど、律子も相当やる気満々だ。
あー、ごめんなさい、すみません。その女子社員羨望の的となぜか付き合いはじめてしまったのはこのあたしです。

「そういえば副社長も最近見かけないね」
「鬼のように仕事をしてる、らしいけど。なんだ最近フロアうろうろしてないんだ?」
「うん。あんまり見かけないよ」
うーん、あの副社長、何がなんでも年末は紀美ちゃんの為に時間を作る気だ。
意外だ。意外すぎる。
そういえば、あの二人の結婚話はいまだ社内では広がってないけど、あの徹底ぶりはすばらしいとしか言いようがない。
でもイブに入籍しちゃったら、年明けにはバレバレな気もする。どうするんだろう。
結婚式には会社の人も呼ぶんだろうし。
いや、あの副社長のことだからまた緻密な計画をしっかりと立てていらっしゃるのだろう。
しかし、あの副社長が結婚なんていう事実を知ったら女子社員のみなさん相当ショックが大きいだろうなぁ。
まるで人ごとのように考えていたあたしだったけれど、人気を二分する社長の結婚話もおそらくは大変な事態になるであろうことに、まだ気づいてはいなかった。



休憩から戻ると、応接室から、秘書課の先輩が何やら怖いお顔で出てきたところだった。
「あ、田中さん。今、社長にお客様が見えられたからお茶お出ししておいてね」
「は、はい」
冷たく言い捨て、彼女はさっさと自分の部署へと戻っていく。
どこの誰が来ているのか聞くことすらさせてもらえなかった。
相変わらず、社長秘書にとどまっているあたしは秘書課の人たちには嫌われているらしい。
しかし、社長が午後に戻ることを知ってるなんて一体だれなんだろう。しかもこんな午後一に現れるなんて、面会のアポは今日は入れてなかったはずなのに。
受付は何をやってるんだ?
不思議に思いながら、玉露を淹れて持って行く。

「失礼いたします」
その時、その瞬間、あたしの全身は凍り付いた。
「あら」
その妖艶なお声は、新山麗香ご本人様。
「あなた・・・春樹さんの・・・」

受付の女の子たちもこの威圧感に逆らえず通してしまったのだろう。
あまりにも簡単にその光景が思い浮かべられて、受付を責める気は一気に失せた。

この状況、どうしようか。



まさか新山麗香だとは思いもよらず、あたしは平常を装っていつもどおりにお茶を出す。
「あら、緑茶なのね。いつもはコーヒーをお出ししてくださるのに」
嫌みとも思える口調でそう言う新山麗香に申し訳ありません、コーヒーをお持ちします、と言うと、けっこうよ。と一言返される。
「社長はまだお戻りになっておりませんのでもうしばらく・・・」
「もちろん、待たせていただくわ」
あたしが言い終える前にさっさと口を開く。
怖いってば。

「そうね。よく考えれば春樹さんとの接点があるなんて会社の方ですわよね。でもまさかお茶汲みするような方だったとは思いもしていなかったわ」
ん?
お茶汲みするような方?
イチイチ嫌みな言い方するなぁ。
あ、でも、この女は私をただのお茶汲み専門の雑用係とでも思ってるのか。
それならその方が都合いいのかも。
秘書だなんてバレたらこれまた大変だし。
「春樹さんのご趣味もよくわからないわね」
「・・・」
な、なんかものすごく失礼なことを言われてるような気がする。


「では、私はこれで・・・」
変なことを口走る前に・・・というか冷静さを保つためにはさっさとこの部屋から出ようと思ったのに、新山麗香はにっこりと微笑んで、言った。
「春樹さんがお戻りになるまでおつきあいいただけません?お時間はあるんでしょう?」
まるであたしが暇人だとでも言いたげな発言。
一応、社長秘書で、社長が戻るまでにやるべき仕事はあるんですけどね。
と心の中でつぶやいてみたけど、そんなこと言えるはずもなく、あたしも負けずににっこり微笑んで、いいですよ、と答えてしまった。
なんてことを・・・。



社長室の横の応接室。
テーブルを挟んで座る、目の前のお客は真っ赤なスーツに身を包んだ新山麗香。
前に食事をしたときはもう少し腰が低い感じを見せていたけど、あたしを前にした彼女はこれまた堂々としていて、豊満な胸の谷間が見えそうなキャミソールをジャケットの下に着込み、パンツ見えるんじゃないかというくらい短いタイトなスカートから白くて長い美しい足を組んで、あたしを見つめている。
いや、見下ろしている。
あきらかに私の方が春樹さんに似合うでしょう?とでも言わんばかりに。
あー、胃が痛い。
なぜあたしはこんなところにいるんだろう。



   



      


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