その日、あたしは紀美ちゃんと偶然社内でばったり会って、夕食を一緒に食べることになった。
どうやらクリスマスイブと年末は残業しないために、副社長は現在ものすごい勢いで仕事をしているらしく帰りがいつも日付が変わってからだそうで、紀美ちゃんは最近いつも1人で夕食らしい。
副社長の意外な一面を知った気がする。


やってきたのはとあるオフィスビルの最上階にある和洋中バイキング料理のお店。
他にも高級日本料理の店とか中華料理のお店が入っていたりするけれど、ここのバイキングは女性から特に人気が高いと話題になっていた。
「うわ、すごい」
思わず目を輝かせてしまうあたり、あたしは食べることが好きなのだと改めて思う。
「おいしそうだねー。今ダイエット中なのに今日だけ忘れようかな」
「あ、ドレス着るために?」
「そうそう」
「紀美ちゃんならそのままでも十分綺麗な花嫁になれそうだけど」
「あはは、そうだといいんだけど。でも、一生に一度かと思うとなんか努力してみようかな、とか思っちゃうよね」
「そっか。そうだよね」
一生に一度。
その言葉がとてもとても心に響く。
最近は離婚率があがるにつれて再婚率もあがっている。
結婚式を2度3度する人もいるし、しない人もいる。
もちろん一生結婚しない人だって増えている。
結婚ということ自体紙切れ一枚の契約で、なんだか軽いものに思えていたけれど、紀美ちゃんは当たり前のことだけど、一生に一度だと心に決めているんだ。
最初はきっとみんなそう決めて結婚する。
先のことはわからないけれど、別れることを予想して結婚する人なんていない。
結婚てそういうものなんだよね。


好きな料理を順々にお皿にのせてあたしたちはあらかじめ案内されていたテーブルに戻ってくる。
「紀美ちゃんは、結婚を決めた理由って何?あの副社長で心配になったりとかない?」
「あら。柚葉ちゃんももしかして考えてたりするの?」
うわ。そうだよね。そんなこと聞くあたり意識してるのバレバレ?
「え、いや、そーゆうわけじゃないんだけど。参考に?」
だって社長がなにかにつけて結婚結婚てうるさいから。
「私の場合はなんていうかつきあい始めた時に、ずっとこの人のそばにいようって思ったから、来るときが来た、みたいな感じかなあ」
「そ、そうなの?」
あの副社長。どんな手を使ってこの純真な紀美ちゃんを・・・。
「私の誕生日がクリスマスイブって知ってるよね?」
「うんうん」
「で、実は速人さんの誕生日もイブなの」
「ええ!?」
なにそれ。すごい偶然。
「で、つきあい始めたのがこれまたイブだったの」
「ええええ!すごい!」
「だから、入籍するのはクリスマスイブって決まってたというか暗黙の了解みたいな感じになって・・・」
「そういうのってあるんだね・・・。スゴイ」
「ごめん、のろけだよね」
あはは、と紀美ちゃんは少し恥ずかしそうに笑っていたけど、あたしはなんだかその運命的な話に感動していた。
あたしたちなんてなんか流れ?みたいな・・・いや社長の強引さでいつの間にか?・・・いやいや、一応愛はあったけど、なんか今思えば軽い始まりだった気がする・・・。


「そういえば、柚葉ちゃん」
「ん?」
「新山麗香さんが社長に会いに来てるんだってね」
「え!?な、なんで!?」
知ってるの?
あたしはデザートのシフォンケーキにフォークを思いっきりぐさっとつっこんでしまった。
あ。
あたしの頭には1人の人物が浮かぶ。不適な笑みを浮かべた男、目の前にいる天使のような紀美ちゃんの婚約者。
「副社長・・・」
「・・・あ、ちらっと聞いただけだよ」
あの副社長め、ペラペラペラと人のことしゃべりやがってー!
まさかドアに張り付いて聞き耳立ててたなんて・・・しゃべってないよね。
でも、目の前にいる紀美ちゃんの様子では、ちらっとではなくてすべて知っているような気がしてならない。

「紀美ちゃん、新山麗香を知ってるの?」
「うん。前に速人さんによく電話してきてたよ」
そういえば副社長が前に言い寄ってきてたとかなんとか。
「え、まさか紀美ちゃん何かされたの!?」
「たいしたことじゃないけどね」
穏やかな声でそう言うけれど、きっとたいしたことされたのね。
なんて女なの、許すまじ。
「あの人、頭のいい人だけど、なんか不思議な考え方の人だから、社長とどうこうってことは絶対にないと思うよ?」
確かに社長があの新山麗香に色香にひっかかるとは思えないけど。
しつこすぎる。
「紀美ちゃん・・・」
きっと副社長からあたしのことを聞いて心配してくれたんだろうな。
結婚式の準備でいろいろと忙しそうなのに。

「心配にはなるよね・・・さっきの話だけど。もてる人だから余計に」
「うん・・・」
あの、副社長で心配にならないはずはない、と。
紀美ちゃんは言っているのだと思った。
けれど、それでもしっかりと信じ合っているように見えるのはあたしだけかな。
付き合って、一緒に暮らして、これまでの時間の積み重ねは確かな信頼へとつながっているように感じる。
あたしもこんな風になれたらいいと思う。



   


      


inserted by FC2 system