化粧室から戻ってくると、社長の姿もあった。
ていうか何あの二人。
めちゃめちゃ目立ってますけど!
「二人並ぶと絵になるねー」
紀美ちゃんが呑気につぶやいている。
確かに絵になる二人だ。長身な男二人がブランドもののスーツを身に纏い話をしている姿はかなりゆく人ゆく人の視線を集めている。
あの二人ホストでもしたほうがいいんじゃないだろうか。
うわ、想像できすぎてこわっ。
「遅かったね」
社長があたしたちの姿を見つけて手を振った。
いや、目立つからヤメテ。
できれば関わりたくないとすら思ってしまう。


ディナーはイタリアンのコース料理。
半分個室のように仕切られている予約席。ホテル最上階の窓から見える夜景もすばらしい。
さすが会社のツートップだわ。と少し関心してしまった。
社長と付き合うようになって、おいしいお食事どころのリサーチと題していろんなレストランや料亭に連れていってもらったけど、これまた絶品の数々。
しかも、こういうホテルのディナーコースって、大きなお皿にちょろっとしか食べ物がないイメージだけど、けっこうボリュームがある。

「柚葉ちゃん、相変わらず無心で食べてるね」
「え?」
社長に囁かれ、あたしははっと前を向いた。
紀美ちゃんが、これおいしいね、なんて副社長に笑顔で話しかけている。
そうなのだ。
この二人のやり取りが、いまだに信じられず、あたしはどうしても食事に意識を集中させようとしまい、隣に社長という人が座っていることなどすっかり忘れていた。
「お、おいしーですねっ」
うわ、思いっきり適当な声を出してしまった。
「あー、柚葉ちゃんと松井さんがイタリアンが好きだっていうから、ここにしたんだよ」
「え、そうなんですか?」
わざわざあたしたちの好みに合わせてくれるとは、紳士なことで。
「よく行ってたよね?イタリアン」
紀美ちゃんが社長の言葉を聞いてあたしに同意を求めてくる。
「うんうん」
そうなのだ。経理課にいた頃、美絵と律子と食べない時は紀美ちゃんとイタリアンのお店によく行っていた。会社近くのイタリアンはほぼ制覇したほどに。
「最近行けなくなりましたけどね」
「なんでそこで僕を睨むのかな、柚葉ちゃん」
「え、別に」
経理から移動させられたのはちょっぴり淋しかったけど、今はそれなりにやりがいのある仕事を任されたりするから、本当は文句なんて全くないんだけど。
なぜだかわからないけど反抗してみたくなってしまう。

「でも柚葉ちゃんは仕事ができるから経理でちまちま伝票整理したりするよりは合ってると思うな」
「え、そ、そうかな」
「紀美香、あまり褒めると調子に乗るぞ」
「・・・」
隣から紀美ちゃんに囁いてるの、バッチリ聞こえてるんですけど。
まったくこの男は。
やっぱり紀美ちゃん考え直した方がいいと思う!
あたしは斜め前に座る男の顔を思いっきり睨みつけた。
目の前にいる二人が健気な赤ずきんちゃんと獲物をしっかり捕らえた意地悪オオカミに見えるのはあたしだけだろうか。
ああできれば小姑にでもなって、紀美ちゃんを守り抜きたい。副社長と徹底抗戦よ!

横にいる社長が、何度も名前を呼んでいるのに気づかないほど、あたしは頭の中でアレコレ考えを巡らしてしまった。




「それにしても、副社長、結婚相手が紀美ちゃんてことなんで一言も教えてくれなかったんですか!」
「あー、でも紀美香も言ってなかったよな?」
「うーん、だってほら、なかなか言う機会がなかったというか。ランチの時もどこに社員の人がいるかわからないし」
「なんだ、お前も楽しんでるのかと思った」

・・・。
楽しんでる?何を?

「それも少しはあるけど・・・」
な、なんですと?紀美ちゃん・・・?
「柚葉ちゃんは予想通りの反応してくれるからね」
社長が横でにっこり。
「・・・」
みんな無言で目の前の料理に手をつけ始める。

「ど、どーゆうことですかっ」
「そのまんまだろ。いやー、ちゃらんぽらんとまで言われたのは初めてだったな」
「本当のことでしょう?事実を言ったまでです!」
うーん、と副社長は頭をかしげながら、そのまま紀美ちゃんに「そうか?」と聞いている。
「わ、私にふらないでよ」
「社内の噂すごいじゃないですか!」
「あー。あれね。あれくらい言われてば紀美香が彼女だなんて誰も思わないだろ?」
「え?」
ど、どーゆうこと?
「柚葉ちゃんも秘書になったとき、呼び出されたことあったでしょう?秘書であんな感じだから、僕たちと付き合ってるなんて噂がたてば、ちょっと怖いよね?」
社長がフォローするように口を開く。
ていうか、この二人やっぱり自分たちがもてるということを自覚しているわけね。
じゃあ、女たらしという噂があれば多少、紀美ちゃんと仲良くしゃべっててもたいして騒がれないとでも言うのか。
そこまで考えて、噂も否定していなかった?
紀美ちゃんが真面目・・・と言った言葉がふと頭に浮かんでくる。
この副社長は紀美ちゃんの存在を守るために、ありもしない噂を背負い続けていると?
「えー、でも私が入社したときから、速人さんはプレイボーイと名高かったと思うけど?」
「・・・」
紀美ちゃんの一言で、副社長の視線が泳ぐ。
なんだ、やっぱり副社長は副社長だ。
「あーいや、速人の名誉のために言っておくけど、当時のは本気になられると困るから、そういうことにしてただけだよ。ねえ?」
「ああ。まあ」
社長の苦し紛れのフォローが本当のことかどうかは、あたしが知る術はないけれど。
パンを食べた後に、さりげなくおしぼりを手渡したりする優しさとか、紀美ちゃんを見つめる眼差しとか、それはあたしの知らない副社長の顔だ。

それはなんだか不思議な光景だった。


それからあたしたちは結婚式の話で盛りあがり、明日、紀美ちゃんたちがドレス選びをするというのでこれまた女二人で盛りあがってしまった。

ウエディングドレス、一生に一度くらいは着てみたいと、あたしだって少しくらい思ったりはする。




ディナーの後、当然のように社長宅マンションへ向かう車中の中で社長がポツリと言った。
「柚葉ちゃんもやっぱり女の子なんだね」
「なんですか。今更」
どこからどう見ても女です。
「いや、ウエディングドレスの話になると目がキラキラしてたから」
そのことか。
紀美ちゃんの見せてくれたドレスのパンフレットに思わず隣に社長がいることなんて忘れて二人できゃーきゃー騒いでしまった。
迂闊だった。
「女なら一度くらいは着てみたいと思うんじゃないですか?」
「柚葉ちゃんも?」
「・・・結婚云々は別としてドレスは着てみたいですよ、そりゃ」
また結婚話が浮かび上がっては困ると思いそう言ってみたが社長は気にとめもしない様子。
「何色?」
「もちろん純白デス」
「ほほう。じゃあお色直しのときはワインレッドのマーメイドを所望しようかな」
「あー、ワインレッドも素敵ですよね〜。って、はあ!?」
なんで衣装チェンジの話が出てくるの!
「いや、真剣に見てたし、僕も柚葉ちゃんみたいにすらりと長身なら似合うなぁと思っただけだよ。あー早くエスコートしたいね」
ぎゃあああ。
そんな恥ずかしい言葉をさらりと言わないで。
ていうか、いつの間にかまた結婚すること前提になってるし。

「まだ結婚なんて考えられませんよ」
「そう?僕はほらいつでもオッケーだからね」
「展開早すぎです!紀美ちゃんたちだっておつき合い期間長いじゃないですか!」
「あー、そこそこね。3年くらいだっけ」
「そうですよ」
「でもほら、最近ではスピード婚流行ってるよね」
「いや、あたし芸能人じゃないですし」
「じゃあ、おめでた婚とかにする?」
「は?!な、な、何をおっしゃってるんですかー!」
「あははは。冗談だよ。ホント面白いね、柚葉ちゃん」
「うっ」
「僕は、柚葉ちゃんとの会話のキャッチボール好きだよ」

その言葉にはっと頭を抱える。
ああ、またのせられたんだ。
あたし、絶対社長の手の内で遊ばれてる気がする。気がするんじゃなくて絶対そうだ。
もー、どうしてこの人の前ではこんな風になってしまうんだろう。
まるで子どものようになってしまう。
「あ、柚葉ちゃん、家に帰ったら晩酌付き合ってね。」
「ええ?まだ飲むんですか?」
「酷い。僕は一滴も飲んでないのに」
あ。そうだ。
車で来てるから飲んでいないんだった。
紀美ちゃんたちはそのままホテル泊すると言ってたし、あたしも何も考えずにワインをいただいていたけど、確かに社長は水を飲んでいた。

「たまにはホテルに泊まってもよかったんだけどね?部屋とっておけばよかったかな?そういうとこ速人は抜け目ないからなー」
「え?」
何を言っているの?
「今度旅行にでも行こうか?」
「はあ・・・旅行ですか」
どうしてここで突然旅行の話になるのか。
「柚葉ちゃんの浴衣姿、想像しただけでもいいね」
「は!?想像しないでくださいって!」
もー、意味わかんないし!
「たくさんの愛を捧げないといけないみたいだしね?」
ぎゃああああああああ。
それを思い出させないで。


その日の夜は日付が変わってもなぜか旅行話をしていて、行き先云々で言い合っていた。
つきあい始めたばかりの初々しい恋人同士のはずなのに、そんな空気はかけらもない。
散々もめたのに、無難に伊豆あたりに決定したところで、あたしの意識はなくなった。

翌朝、首筋に落とされるキスの嵐で目を覚ましたあたしは、何故あたしよりも遅くに寝たであろう社長がスッキリした顔であたしの身体の上に乗っかかっているのか、ぼんやりする頭で考えてみたけどやっぱりわからなかった。



   


      


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