たいせつなこと






どうしたというんだろう。

「ローソク、買ったのか」

克哉はテーブルの上に乱雑に置いてある可愛い形のいくつかのローソクを見つめた。

「それ、子どもたちが欲しいっていうから・・・安物なんだけど」
「じゃあ、照明消して、これつけよう。その方が雰囲気いいだろ?」
「そうだけど・・・」
「乃絵、ダイニングじゃなくてリビングの方のローテーブルで食べるのはダメ?」
「ダメじゃないけど」
「どうせ、乃絵も落ち着いて食べてないんだろ?一緒に軽く食べよう」
「うん」

疲れているはずの夫がやけに饒舌で、ここ最近まともな会話がなかったせいかこんなにも会話していることがとても不思議に思えた。

克哉はまるで子どものような笑顔を向けながらワインをあける。
こんな顔を見るのは久しぶりだった。

「どうしたの?」
「ん?」
「なんだか、いつもと違う・・・」

いつもと違うけれど、昔の克哉はこうだった気がする。
イベント時には率先してあれこれやってくれて、あれしよう、これしよう、って楽しいことを考えてくれていた。

「乃絵・・・ごめんな。忙しいのを理由に、家のこと全部乃絵にまかせっきりで。乃絵ならわかってくれると思ってたし・・・実際わかってくれてるから・・・俺は安心して仕事に没頭できてたんだよな」
「急に・・・なに?」

ビックリというより、信じられなかった。
まさか自分の夫の口からこんな言葉が突然飛び出してくるなんて。
呆然とするわたしに克哉はワイングラスを持たせてくれた。

「それより、乾杯」

わたしたちはワイングラスでカツンと合わせた。
その瞬間、なぜか、恋人時代につれていってもらったレストランで乾杯したときのことが脳裏をよぎる。
そういえば、こうやって一緒にお酒を飲むのも久しぶりな気がする。
少しだけ温かい気持ちになって、私はゆっくりとワイングラスに唇を近づけた。
ほろ苦い・・・けれど優しい味に思えた。
そんなわたしを克哉がじっと見つめているのがわかって、なんだかドキドキした。
すると、すぐに克哉が口を開く。

「昨日さ、部下がやたらとそわそわしてるんだよ。どうしたのかと思ったら、昨日・・・イブだったんだよな。彼女にプロポーズするとか言ってさ。仕事が忙しいのわかっててイブにディナーに誘ってたみたいなんだよ」
「それで仕事を、かわりにしてあげて遅くなったの?」
「さすが乃絵、鋭いな」

それであんなに遅くなって倒れるように寝ちゃったのね。
克哉らしいというか・・・。
いつだって後輩思いなんだから。

「でもさ、あいつにとっても大切な日だったんだろうけど、俺にとっても大切な日だったんだよな。乃絵は文句ひとつ言わないでさ・・・。こうやって今日はご馳走まで用意して待っててくれて」
「ご馳走って・・・子どもたちの残りものばかりよ」
「それが一番のご馳走だろ?」
「・・・」
「ずっと忘れてた。いや気づかないフリしてたんだよ。俺だって昔はクリスマスイブに仕事なんて頭になかったんだよな。それなのに昇進して少し偉くなって責任が重くなってきて・・・どんなイベントも見て見ぬふりしなければ結果なんて残せなかった。馬鹿だなぁ、俺。本当に大切なものがあるから、仕事に没頭できるんだよな」
「克哉・・・」
「今夜は、子どもたちには悪いけど、乃絵とふたりで夜を過ごしたかったんだ。子どもたちには正月にでも埋め合わせするよ」

それは優しい、優しい言葉だった。
わたしの中で、ずっと心に抱えてきたものがあふれ出してくるように、涙が溢れ出してきた。
ずっとずっと、言いたくても言えなかった気持ち。
今なら言える。
今なら伝えられる。
そう思った。

「わたし・・・ずっと淋しかった。克哉が仕事大変なのわかってたし、克哉が頑張ってくれてるから、わたしたち、こうやってクリスマスにおいしいもの食べれるんだもの。そう言い聞かせてたけど、やっぱりすごく・・・淋しかったの」
「ごめんな。乃絵」

克哉の言葉をきっかけに思わず本音を出してしまったわたしを、克哉は嫌なをするどころがぎゅっと抱きしめてくれた。
こんな風に抱きしめられるのも久しぶりな気がした。

抱きしめられると、こんなにも安心できるんだ・・・。
こんなにも心が満たされるんだ・・・。

自然に唇を合わせると、ほのかに香る赤ワイン。まるでふたりを一気に酔わせるように、わたしたちはお互いを欲しあった。
新婚時代を思わせるような激しいキスを交わしあうと、どちらともなく身体を求め合う。
一瞬だけここがリビングだということが頭をよぎった。
子どもたちは寝てしまったとはいえ、途中で起きてこないとも限らない。
けれど、克哉は止まらない。
わたしの気持ちも、もう止められない。
ただ克哉が欲しかった。
どうしようもないくらい克哉を求めていて、わたしたちはまるでティーンネイジャーのように早急に重なった。

「乃絵は変わらず綺麗だな」
「うそ・・・もうオバサンだもの」
「バカだなぁ。女は40から磨きがかかるもんだよ。乃絵はこれからどんどん美しくなるんだよ」

嘘でも嬉しかった。
他の人のどんなお世辞よりも、克哉が言ってくれることに意味がある。
気持ちは言葉にしなければ伝わらない。

「克哉、愛してる」
「俺もだよ・・・」

声を必死でこらえながら、あっという間にお互い達してしまい、顔を見合わせて笑った。

「場所が場所だけに・・急いでしまった・・」
「克哉にも理性はあったんだ・・・」
「そりゃ、一応父親だし。」
「そうよね。随分色っぽい父親だこと」
「そういう乃絵も随分エロい母親で」
「なにそれー」

なんだろう。
あっという間に心の隙間が埋まっていく。
たかがこれくらいのことで。
今までの虚無感が嘘のように。

夫婦ってこういうものかもしれない。

「続きはベッドルームでしよう」
「まだ、食事残ってるわよ」
「乃絵を食べたい」
「やだ、なにそんな独身時代みたいなこと言ってんの」
「本気なんだけど」
「だったら今夜は寝かせてあげない」
「それ、俺のセリフだったろ」
「ふふ、わたしがもらったの!」
「そうか、じゃあ覚悟してろよ」

わたしは簡単にテーブルを片付けると、克哉の待つ寝室へ入った。
子ども部屋とは少し離れているとはいえ、一応鍵をかけておいた。

どきどきしている。

もう何年も、何百回も克哉に抱かれて・・・
ふたりの夜を過ごしているのに。

「乃絵。全部脱いで」

言われるがままにわたしが着ているをすべて脱ぐのを、克哉は満足そうに眺めている。
すべて脱ぎ終わったところで克哉の手が伸びてくる。
そしてわたしが手を差し出すと、いきなり掴まれて、ベッドに押し倒された。


翌朝、克哉を送り出した後、子どもたちに言われてしまった。

「なんか今日のお母さん、にこにこしてかわいいね」






おわり




どこにでもありそうな夫婦のひとこま。
実際なかなか思うようにうまくはいきませんが、きっかけは些細なことなのかも。というお話。



どうでしょ?→










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