ふたりのクリスマス〜千穂〜







クリスマスイブ当日。
わたしは仕事が終わると急いで家に帰りました。
材料は前日から用意し、下ごしらえのできるものはすべてしておいたので、一から作らなくてもいいのですが、やっぱりたくさんの料理を並べようと思うと大変なことです。
だってどの料理も温かくて一番おいしい状態で玲斗の前に並べたいですからね。
玲斗はいつもどおりの時間に帰ってくるというようなことを言っていたはずなので、時間は十分にあります。わたしは一分一秒無駄にしたくなくてとにかく次から次へと準備にとりかかりました。
本当はケーキも作りたかったのですが、さすがに時間が間に合いません。
でもこの手料理なら玲斗も満足して・・・くれないですかねぇ。
やっぱり素人の手料理ですからね。玲斗がいつも食べるような高級ホテルのコース料理には敵いませんよね。
時間を気にしながらバタバタと準備をしていたのでケータイが何度も鳴り響いていたことにわたしはまったく気づきませんでした。

玲斗はいつもの時間になっても帰ってくる気配はなく、一通り準備が整い落ち着いたところでケータイに気づいて確認すると20回くらいの着信とメール。
『今夜は遅くなる。』
たった一言。
そんなメールがわたしを落胆させました。
帰ってこないわけではないけれど、それでも玲斗と一緒にクリスマスイブの夜を過ごせることを心待ちにしていたわたしは、思わずそれまでの力がすべて抜けていくようにその場に座り込んでしまいました。
遅くなるということはきっとご飯も食べて帰ってくるのでしょう。
「がんばったんだけどなぁ。」
ひとりつぶやいてみたけれど、広い部屋にはわたしひとり。
しんと静まり返った部屋には、小さなクリスマスツリーがキラキラと光っていました。
なんとなくこの時期にはツリーを飾りたくなってしまって、入籍した年に小さなツリーを買ったのです。
玲斗はもっと大きいのを買え、なんて言っていたけれど、大きすぎても飾りつけが大変ですからね。
わたしにはこれくらいがちょうどいいのです。



どれくらい時間が過ぎたのでしょう。
わたしはソファの上でぼうっとしていると、玄関の方でガタガタっと音が聞こえてきました。
はっと気づいた時には玲斗が目の前に立っていたので、わたしはもしかして少しだけ眠っていたようです。
「あ、おかえりなさい。」
「寝るならベッドで寝ろよ。」
スーツ姿の玲斗の声に、ああ、玲斗はちゃんと帰ってきてくれたのだと思いました。
これは夢ではないのだと気づかせてくれます。

「ごめん、寝ちゃってたかも。」
「もう日付変わってるしな。」
「そ、っか。」
いつの間にかイブは終わっちゃったんですね。
少し残念に思いながら、わたしがのろのろと立ち上がると、玲斗がダイニングテーブルを見つめて言いました。
「これ・・・千穂ひとりで作ったのか?」
「うん、一応。玲斗の口には合わないと思ったんだけど。」
「このチキンも焼いたわけ?」
「うん。だって立派なオーブンがあるから、いつかこういうの作りたいなぁって思ってたし。」
「これは?」
「鮭とキノコのキッシュだよ。でももう冷めちゃってるし、玲斗も食べてきたよね?」
「いや、これから食べるから。」
「え、無理しなくていいよ。」
「腹へってんだよ。食っちゃいけないのかよ。」
「そ、そんなことないけど。」
「それよりこれ。」
わたしの前に差し出されたのはひとつの箱でした。
「な、なに?」
「千穂の好物。」
「え!?」
まさか。
もしかして。もしかしなくても、この箱は、この大きさは。
「ケーキ!?」
「だったらなんだよ。」
うそ。
信じられない。
玲斗がケーキを買ってきてくれるなんて。
わたしは思わぬ出来事に呆然としてしまってしばらくその場を動くことができませんでした。
どうしましょう。
わたし・・・嬉しくて涙が出そうです。
いえもう流れてます。
玲斗はというとなにやらとってもご機嫌にわたしの手料理を食べ始めました。
「千穂は食べたのか。」
「う、ううん。でもケーキ食べたいから。」
「ケーキって、お前全部食う気かよ。」
「うん!」
だって玲斗が初めて買ってきてくれたケーキですよ!
絶対ひとりで平らげてみせます!あーでももったいない気もしますね。
でもでも食べないと食べられなくなってしまうし。
「あ、もしかして玲斗も食べたいから買ったの?」
「まさか。」
「じゃあひとりで食べていいの?」
「食えるなら食えばいいだろ。」

日付は変わってしまって、イブではなくなってしまったけれど、
わたしたちのクリスマスの始まりはこんな形でした。
その夜は大量の料理を玲斗がひたすら食べ続け、わたしは玲斗の買ってきてくれたケーキをホールで食べつくし、ふたりでおなかいっぱいになってしまい、そのままベッドへ転がり込みました。
ロマンティックなはずのクリスマスは、そのままふたりで爆睡でした。

朝起きるとお互いなんだか気持ちが悪くって胃薬を探してよろよろしたのは言うまでもありません。



おしまい






玲斗バージョンも近々・・・











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