実はわたし、結婚してます〜番外編〜 わたしがスパイ！？ ２ 　わたし、小石川千穂――社内の通称名、井原千穂は、本日付で営業部へと臨時出向となりました。営業部のオフィスは階数が違うだけなのですが、やはり雰囲気は全然違います。 　営業部のお手伝いと言ってもわたしのお仕事は営業事務補助です。繁忙期とあってばんばん電話もかかってきますからね。 　繁忙期なわけですから女子社員の輪に入ってのんびりトークなんてしてる暇あるのでしょうか、なんて思っていましたが休憩時間となろうものなら、一斉にここぞとばかりにトークに花を咲かせるのですから女性ってすごいです。 　一応誘われて食堂に来てみたものの、この輪の中にわたしなんかが入ってもいいのでしょうか。なぜ玲斗はわたしを営業部にもぐりこませたのでしょうか。その辺がまだよくわからないんですよね。あれから帰宅後に尋ねてみても、勤務時間外に仕事の話はしない、とかなんとか言って何にも教えてくれませんでしたし。その後も社内では指示ばっかりで詳しいことは何一つ知らされていないのです。 「井原さん、営業部の仕事どう？初日だし疲れたんじゃないですか？」 　営業部の仕事内容を親切に教えてくださった奥山さん。慣れないわたしをフォローしてくださっているとっても良い方です。しかも美人だし、オシャレだし、仕事もできるわけですから言うコトなしです。 　そんな奥山さんが早く馴染めるようにと昼食にも誘ってくれました。 「営業部って忙しいですね。なんだかあっという間に時間が過ぎてしまいました」 「まー、今は特別かもね。ってそれでお手伝いに来てもらったんですから。まったくの新人だと社内のこと一から教えなきゃいけないから、こうして他部署の方にフォローしてもらえるとこちらも助かるんです」 「そんな、なんだか足手まといですみません」 「きっとすぐに慣れますって」 　営業部に配属されている間はお弁当はなし。社員食堂やら、外へ出ることもありますからね。とりあえずなんでもいいから女子トークの輪に入るためです。これも玲斗のご指示ですから仕方ありません。 「そういえば見た？今月もまた市原さんが営業成績トップだったよね」 「えー、まじ。連続じゃない？やっぱ顔がいいと得なのかもね」 「顔がいいからって枕営業してるわけでもないでしょ」 「いやー、彼の場合ありえない話でもないかもよ」 「まー、それでも営業成績あがるんなら彼の実力でしょうよ」 「まあねー」 　市原さん？ 　きょとんとしていると、奥山さんがこそっと耳打ちしてくれます。 「イケメンでなおかつ仕事もできる、女性社員の憧れの存在なのよ。来る者拒まず、去る者追わずタイプで、彼女は作らない代わりに、女の子とっかえひっかえしてるプレイボーイでもあるの」 　まるで玲斗じゃないですか。なんて言ったら絶対怒られますね。 「実はね……営業部のほとんどの女性が一度は寝たことあるのよ、彼と」 「え！？」 　あっけらかんと言われ思わず大きな声をあげてしまいました。けれども他のみなさんもどうってことない顔をしています。 　寝た、って……あの、もちろん、その……。 　かなり動揺していると、 「井原さんもどう？」 　なんてことまで言われてしまい、みなさんケラケラと笑っていますよ。 「ほら、営業部ってだいたい新人でしょう？新卒の新入社員なんてホントいいカモなのよ、市原さんにとっては。こっちもさ、初めてでいろいろ教えてもらってさ、優しくされたり悩み事聞いてくれるイケメン上司、しかも仕事もできるからほろっといっちゃうの」 「そうそう、今となっちゃ笑い話っつーか、まぁ良い思い出って感じだけどねー」 「でもね、彼ってずるいっていうか、まぁ誠実っちゃ誠実なのかもだけど、必ず、俺は彼女は作らないよ、って最初に告げるのよ。つまりはまぁ一回だけの関係だけどいい？って聞いてるわけなんだけどさ」 「それで、彼を本気にさせよう、って頑張っちゃうけど結局無駄なのよね」 「そういうわけで、彼と関係がなかったのは、彼氏のいる真面目な子くらいかな」 　そういえば新入社員はだいたい営業部に配属になるのが定例です。その後能力に応じて移動になるので、早い人は１年、大半の人は３年程度で移動しています。 　わたしの場合、入社したその年は情報管理課で退社する人が続いて、人手不足になったため、パソコンが扱える人は優先的に情報管理課に配属になったんですよね。なのでわたしは営業部の経験がないのです。 　それにしてもこの会話、本当に全部玲斗に報告しなければならないのでしょうか。 　一言一句逃さないぞくらいの気合を入れてきちっと報告しろ、なんて無茶としかいいようがありません。 　しかも内容も内容です……。 　この先のことを考えれば考えるほど憂鬱になるばかりです。 ←　　　→