実はわたし、結婚してます〜番外編〜
バレンタインと初恋と…
手作りチョコなんて、こんなものを渡されても迷惑なだけだろう。と思いつつも、材料をどっさり買ってしまった。失敗しても大丈夫なように。とはいえ、普段あまり料理もしたことないし、手作りチョコの作り方も詳しいわけでないあたしに、無事完成させることができるのかどうかは謎だけど。
今日はとりあえず本番前の練習、というわけでお兄ちゃんやお母さんが帰ってくるまでになんとかできないかと頑張ってみたけれど、現実にはそんなに簡単にはいかないようで、気づくとお兄ちゃんが部活を終えて帰ってきた。幸いにも今夜はお母さんの帰りは遅い。お父さんのお仕事のお手伝いをしているため、お父さんの都合で時々お母さんも遅くなる。
「千華、なにやってんの」
キッチンで憐れな姿になって半泣き状態のあたしを見たお兄ちゃんが目を丸くする。お母さんの帰りが遅い日は、お兄ちゃんがご飯を作ってくれる。お兄ちゃんは料理上手なのだ。そのうえ、勉強もできてスポーツも万能。文武両道で料理までできるもんだから、女の子たちからはもちろんモテモテだ。あたしの友だちにも先輩にもよく紹介してと頼まれる自慢のお兄ちゃん。それに比べて、あたしはお母さんに似て、のんびり屋って言われる。暗にトロいって言われてるような気がするけど、あまり気にしないようにしている。
「もしかしてチョコレート作ってる、とか?」
「……そのもしかして、だもん」
「それで、できたの?」
「お兄ちゃんのイジワル。それ聞く?」
「ていうか、俺的には千華にチョコレートをあげたいと思う男がいることに驚きなんだけど」
「あたしだって…」
そういう人くらいいるもん。
口を尖らせていると、お兄ちゃんが鞄を置いてキッチンまでやってきて、散乱しているキッチンの片づけを手伝ってくれた。
「相手誰?」
「教えない」
「教えないと、チョコ作り手伝ってやんない」
「ヒドイ!」
「ほら、教えろよ」
こういうところお父さんにそっくり、ってお母さんは言う。お父さんもよくお母さんをいじめて楽しんでる。けれど、そこにはちゃんと愛情があって、信頼関係があるからできることなんだ、ってわかるようになってきた。だから、お兄ちゃんだってイジワルで言ってるわけじゃないってわかるんだけど、こういう乙女心をつんつんつつくの、やめてほしい。――でも、やっぱり手伝ってもらわなきゃ、上手に完成させることができないから、結局あたしはお兄ちゃんに服従するしかないんだ。
だれもいないけれど、お兄ちゃんの耳元でそっと囁く。
「へー、あいつかぁ。ガキっぽいだろ、あいつ」
「そりゃ、お兄ちゃんから見たら、みんなそうでしょ!」
「まあな。でもさー、父さんが知ったら絶対妨害されるぞ」
「え、なんで?」
自分で言うのもなんだけど、お父さんはあたしのことすごく可愛がってくれている。そんなお父さんが妨害?まさかぁ。
「あのな千華、父親とは娘の男には厳しいんだぞ。特に父さんは特別だと俺は思うけど」
「……」
娘は嫁にはやらん!っとかいうよくある話?うちのお父さんに限って……。
……。
……。
……。
ありえるかも!!いや絶対ありえる!!
「えー、どうしたらいいの、お兄ちゃん」
「とりあえずだな」
うーん、と考え込むお兄ちゃんに、あたしはうんうんと期待を込めて答えを待つ。
「父さんと母さんにバレンタインのプレゼントをしよう」
「へ?」
なに、それ。なんでそこにお父さんとお母さんへのプレゼントがでてくるわけ?きょとんとしているあたしにお兄ちゃんは言った。
「ディナークルーズでもして、ホテルに一泊してきてもらうんだよ。あの二人が家にいなければ、ゆっくりチョコレート作りもできるし、いつ帰ってくるかヒヤヒヤしなくてすむだろ?当日はもう予約がとれなかった、つって前日から一泊してもらえば、夜の間に準備できるしさ。当日も妨害はされない。まぁ国府田さんの協力は必須だけどな」
「そっか、お兄ちゃん、頭いい!」
そして当日。お父さんとお母さんは心配しながらも、嬉しそうに出かけて行った。
こうして、あたしは無事お兄ちゃんに手伝ってもらってチョコレートを作ることができた。……のはいいけれど、なぜか当日はお兄ちゃんが付き添いで、お父さんの妨害はなかったけれど、お兄ちゃんの厳しい視線がちくちく、と刺さってきて、あたしはただチョコレートを渡すだけで、何も言えずその場を立ち去ってしまった。
あたしの好きなカレはありがとうと、言って受け取ってくれたけれど、この淡い初恋が実ることはなかった。
そんなあたしのバレンタインデーの裏で、お父さんとお母さんはとっても素敵なバレンタインを過ごしてきたようで、いつまでもラブラブな二人を見ていると羨ましくなった。いつかあたしもお父さんみたいな素敵な男の人と、バレンタインデーを過ごせる日が来るかなぁ。
→その裏で?