実はわたし、結婚してます 〜SWEET DAY(バレンタインデー)〜









「井原さん。今日時間ある?」
「え?少しだけなら大丈夫ですが・・・。」
「ほんとう?じゃあ残業手当はつかないけど・・・ちょっとお手伝い、いい?」

主任の笹山さん。明るくてしっかりしていて頼りになるわたしの上司です。
異動してきたばかりの頃、慣れないわたしをいつもフォローしてくれたり、ちゃんとミスを怒ってくれたり、落ち込んでいたらお昼に誘ってくれたり、なにかとわたしのことを気遣ってくれる素敵な先輩です。

そんな笹山さんはお局様なんて言われてたりもするけれど、実は家に帰れば1児のお母さん。
本当に憧れの女性なのです。
そんな笹山さんの申し出を断るなんてできるわけありません!



それにしても。
「なにかあるんですか?」
笹山さんは、いつも仕事が終わると、寄り道なんてせずに真っ直ぐ帰るお人です。
だってお子さんが家でお留守番してますから。
「週末はバレンタインデーでしょう?休み前に配っておこうと思ってね。うちの部署は女子社員全員でまとめて買うことにしてるから。それで井原さんに選ぶの手伝ってもらおうと思って。若い人の好きそうなものを、ね。」
「あ。そういえばそうですね。今年はお休みの日ですもんね。」
「そうなのよ。だからって配らないわけにはいかないしね。」
「そうですよね。」
「ごめんね、付き合ってもらって。」
「いえいえ大丈夫です。」
「井原さんが選んだって言うときっと喜ばれるに違いないから。」
「え?」
「んー、なんでもないなんでもない。」

やたらと笹山さんは笑顔で、ちょっと不思議な感じです。
普段はきりりと仕事をしていらっしゃる方なので、なんとなく固いイメージがあるのですが、やっぱり家に帰るとこんな風に笑っていらっしゃるのでしょう。
さすがはお母さんですね。

「井原さんも特別な人いるんでしょう?」
「え!?」
「いつも仕事が終わったら飛んで帰っちゃうじゃない。飲みに誘ってもなかなかOKもらえないって独身男たちが嘆いてたわよ。」
「・・・。」
えーっと。
わたしはどのように答えればいいのでしょう。
「い、いちおういるんです、ハイ。」
「そうよね。」
さすがに笹山さんにまで結婚してる、なんて言うのはマズイでしょう。
元木さんもあれ以来、何も言ってこないし、言いふらしてることもなさそうですしね。


*  *  *


「じゃあ、井原さん今日はありがとね。」
「いえ、楽しかったです。お疲れ様でした!」
わたしは駅で深々と笹山さんに頭を下げ、帰途につきました。

家に帰るとめずらしく玲斗が先に帰っていてビックリです。
「お帰りなさい。今日は早かったんだね?すぐにご飯にするね。」
「どこ行ってた?」
「え?買い物だけど?」
さすがにチョコレートを買いにいってました、なんて言えるはずはありません。
「ふーん。」
玲斗はムスッとした顔でテレビの画面を見つめています。
な、なんなのでしょう。もしかしてバレてるのでしょうか。
まさかまさか!
わたしは急いで着替えると、夕食の準備を始めました。

食事の時間になっても玲斗はご機嫌ナナメのままです。
一体どうしたというのでしょう。
わたしの帰りが少し遅かったことを怒ってるのでしょうか。
わたしの方が遅くなる日はこれまで何度かありましたが別にどうってことはなかったのですが。
「ね、なんか怒ってる?」
わたしは思い切って切り出しました。
だって、このままじゃ無言で食器と箸の触れあう音が響きわたる暗〜いお食事タイムになってしまいます。
そんなお食事タイムはちっとも楽しくありません。
「別に。土曜日出勤になった。」
「あ、そうなの?」
「・・・。」
結局、会話はこれだけでした。
別に土曜日の出勤は今に始まったことではないのですが。
やっぱりバレンタインデー出勤がイヤなのでしょうか?
ま、まさか!
玲斗に限ってそんなことありえません!
毎年イベントなんてそんなに楽しみにしているようには見えませんし、特別何かをしてきたわけでもありません!
きっと土曜日に何かめんどくさい仕事でも任されたに違いないでしょう。
ここは妻として大らかな心で受け止めてあげなくては!


*  *  *


そして、バレンタインデー当日。
玲斗は笑顔で見送るわたしにこの上なく不機嫌そうな顔をしながら出かけて行きました。
きっと休日出勤する女性社員も多いことでしょう。
そうすると今年も玲斗はどっさりチョコレートをもらうことになります。それもかなり高級なもの。
そうすればきっと玲斗のご機嫌も少しは良くなるかもしれません。
そ・れ・に!今年はわたしの口にも入るかもしれません!
玲斗はもらったチョコレートの数々を毎年ポイッと捨てていたようで、玲斗の秘書の国府田さん曰く、大量のチョコレートを段ボールごと処分するのが大変だったそうです。
なんてもったいない!
確かに多すぎると困るかもしれませんが、捨てるなんて許されるはずありません!
去年初めてそれを知ったわたしは思わず玲斗に言ってしまったのです。
「チョコ欲しい人はたくさんいるんだよ!(ここにも)捨てるくらいなら誰かにあげて!(わたしとか)」
ええ、もちろん離婚覚悟ですよ!
玲斗は少しだけ面食らってたようですが、その時は大人しく「わかった。」なんて言ってました。
本当にわかってるんでしょうかねぇ。
わかってたら、もらったチョコレートを持って帰ってくれるはずですけど☆
でも段ボールいっぱいのチョコを食べきれるでしょうか〜?うふふ。友人たちにもお裾分けして〜、毎日チョコ漬けで太ってしまうかもしれませんね。
そんな妄想に耽りながら、わたしはケーキを手作りします。
毎年バレンタインデーは手作りのお菓子を用意しろ、と玲斗からのご命令・・・ご要望なので、ホント仕事のある日はけっこう大変です。
今日は玲斗もいない、休日なので・・・余裕あるんですけどね!

ケーキのスポンジを焼いている間に部屋のお掃除。ベッドのシーツも取り替えて。お風呂もトイレもピッカピカに磨いておきます。
これだけ頑張っておけば、玲斗の機嫌も和らぐことでしょう!
食事もいつもより豪華にして、花なんか飾ってみたりしちゃって、わたしはるんるん気分で玲斗の帰りを待ちました。

しかし・・・
玲斗は朝よりもさらに不機嫌さを増して帰ってくることになるのです。

「ね。玲斗?お、おみやげ・・・は?」
一応ビクビクしながら尋ねてみますが、玲斗はギロッと睨みつけると、さっさと自分の書斎にこもってしまいました。
どこからどうみても、チョコを持っているようには見えません。
えー・・・まさか今年もポイッ!?
思ってたより少なかったとか!?
玲斗に限ってもらえなかったなんてことは絶対にありえませんからね!
まさか仕事が上手くいかなくて・・・
チョコをやけ食いでもしたんでしょうか!?

その後、着替えてきた玲斗は黙ったまま食卓に。
心なしか口元が緩んだように見えてちょっとだけほっとします。

「ねえ、玲斗チョコレートもらった?」
「・・・あぁ。」
「ど、どうしたの、それ。」
「気になるか?」
「え?」
「チョコレートもらってどうしたのか気になるのか?」

おお!やっとまともに口を開いてくれました!
「うん。そりゃぁ気になるよ。」
だって、わたしのお口に入るかどうかの大問題ですから。
わたしは目の前のスープを飲み干しながら玲斗の返答を待ちます。

「あげた。」
「へ?だ、誰に?」
「会社近くの広場で野球してたガキ共。」
「はぁ!?」
「って国府田が言ってたな。けっこう喜んでたみたいだ。」
「な、なんでまた野球少年たちに・・・。」
しかも近くの広場って・・・意味がわかりません!
「お前が去年誰か欲しいヤツにあげろって言ったんだろ。」
「・・・・・・・。」

ええ、ええ。言いましたとも!
言いましたけど!
だからってなんで見ず知らずの野球少年たちなんでしょうか!!
こんなに身近に欲しがってる約1名、見逃してませんか!
そりゃあ野球少年たちは思わぬプレゼントでさぞかし喜んだことでしょうよ。きっと今頃家に帰って家族に自慢していることでしょうよ。
でもでも、ちょっとくらいわたしにわけてくれてもいいじゃないですか!

「玲斗・・・。」
「なんだ?」
「べ、別に・・・。」
「で、千穂は何くれるの?」
「チョコレートケーキ焼いてみた。」
「ふーん。」

ほら、そっけない。
どうせこんなもんです、イベントなんて。
ああ、大量の高級チョコレートを期待して浮かれていたわたし、バカみたいですね。

「で、他の男にも配ったのか?」
「はぁ?配ってないよ。」
「嘘つくな。会社のやつらにも配ったんだろ。」
「嘘じゃないって!なんで玲斗以外の男の人に配らなきゃいけないの!」
「じゃあ、なんでお前からもらったって男がいるんだよ!」
「は!?なにそれ。」

さっぱり意味がわかりません!
わたしは今日は会社には行ってないし、チョコレートをあげたのも玲斗ただひとりなのです。
玲斗は一体なんのことを言ってるのかわたしには理解不能でした。

「あ。」

もしかしなくても。

「選ぶの手伝ったからかな。」
「なんだよ、それ。」
「この前、部署の男性社員にチョコレート配るから、選ぶの手伝ってって言われたの。」
「手伝ったのか?」
「うん。だって部署の女子社員全員から配るって言ってたから。」
「・・・千穂・・・。」
「ん?」
「そーいうのは断れ。」
「だって、急だったし、笹山主任に頼まれたから。」
はーっと玲斗は大きなため息をつきます。
仕方ないじゃないですかー!これも仕事の一部なんですから!
「選んだだけか?」
「うん。」

それにしてもなんだって選ぶの手伝っただけでわたしが男性社員にチョコレートを配ったことになるんでしょうか!
それこそさっぱりわかりません!!
そして玲斗の耳に入る過程もさっぱりわからないんですけど!
しかも玲斗だって多くの女性社員からチョコレートもらってるんだから、それくらいのことで怒らなくてもいいと思うんですけどね。
やっぱり他に仕事で気に入らないことでもあったのでしょうね。

「あ、ご飯食べたらケーキ食べる?今日はね自信作なんだ〜。」
とりあえず、この空気を変えなければ!
わたしは話題を変えるべく、至って明るく振る舞った。
ケーキを取り分けようと、小皿をとりに立ち上がったわたしの腕を玲斗がいきなりがしっとつかんだ。
「な、なに?」
「ケーキよりこっちがいい。」

こっち?
どっち?じゃなくて・・・。

「だってケーキが・・・。」
「うるさい。ごちゃごちゃ言うな。」
「片付けが・・・。」
「そんなの後でいいだろ。」

出た!玲斗の俺に逆らうな視線!
そうです。
わたしは玲斗には決して逆らえません。
ほらね。玲斗にとって恋人たちのイベントなんて関係ないのです!
わたしがどれほど愛情込めてつくったケーキか・・・知るはずもないんですから!
それでも・・・
わたしはこの人が好きなのです。
「ね、玲斗・・・。わたしケーキ焼いたりしてたから匂うかも・・。」
自分の手元をくんくんと匂いながら、ベッドルームへ引きずっていく玲斗に、少しだけ抵抗してみます。
「別にそれもいいだろ。」
よ、よくないと思うんですけど〜。
甘いケーキの香りの漂う女ってどうなんでしょう。
もしや玲斗にとってみればケーキも身体も・・・一石二鳥!?なんてことになるんでしょうか!
そ、そんな。わたしの一生懸命作ったケーキは一体どうなるのでしょう!

一口でいいから食べてほしかったのですけど・・・今年もバレンタインの贈り物は朝食になりそうです。



こうして、バレンタインデーの夜は更けていったのであります。




    




遅くなりましたがバレンタイン&ホワイトデーなお話☆
千穂ちゃん相変わらずです。
玲斗の不器用な愛に気づく日はくるのだろうか・・・(^-^;)

つづけてホワイトデー編へどうぞ☆







    



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