実はわたし、結婚してます 〜夫の心、妻知らず〜







「千穂は今日一日のんびりしてな」
「う、うん。アリガト」


時計の針が12時をさそうとする頃、ベッドから顔をのぞかせる千穂の額に軽くキスをして、俺は寝室を出た。
こういう日は千穂の朝食も手作り弁当も食べることはできないが、俺の責任なので文句は言えない。
やはり千穂の有給は1日とっておいて良かったと心底思う。
俺だって本当はこのまままったりと千穂と一緒に過ごして、夜まで抱き合って、夜も抱き合って・・・再び朝を迎えたい。
しかし、仕事をしなければ千穂との生活は成り立たないのだ。

オフィスに着くなり、国府田がニコニコと微笑んでいた。
まったく、すべてお見通しといったところだ。


「今日のスケジュールは?」
「2時から会議と、その後面会と・・・事務処理です」
「ハイハイ・・・」
「それから今夜はご実家に帰られるように、とのことです」
「はぁ!?またかよ。この間も帰ったばっかじゃねーか」
「ええ、ぼっちゃまが前回お見合いをお断りになったので、次のお話なのでしょう」
「・・・。見合い話なら帰らねぇ・・・つっといて」
「そろそろ千穂さんのことをお伝えすればよろしいのに」
「そんなことしたら千穂があの家のババァたちに連れ回されるに決まってるだろ!」
「まぁそうでしょうね。」
「千穂は俺の側にだけいればいいんだよ」
「ぼっちゃまも年が年ですから、皆さんが心配なされているんですよ。恋人がいるくらい話されては?」
「国府田は誰の味方なんだよ」
「そりゃ、ぼっちゃまですよ。ただ、周りのみなさんに祝福されたほうが千穂さんにとってもよろしいかと」

国府田の言うことはもっともだ。
俺にだってそれくらいわかっている。
俺との結婚は、誰にも言うなと千穂には伝えてある。
どこからどう漏れて、誰に伝わるかわからないからだ。
本当は実家のことだけじゃない。俺の実家が目立つ家だけに、マスコミだって黙ってはいないだろう。千穂に嫌がらせをするやつだって出てくるかもしれない。
でも、千穂の両親にまで隠すのは俺だって良いこととは思ってはいない。本来なら挨拶に行って、了承してもらいたかった。
でも、今の俺には何もないんだ。
代々受け継がれてきたものをそのまま受け継ぐだけで、俺が努力をして得たものでは決してない。

会議の間、そんなことばかり考えていた。
けれど、正しい答えが出るはずもない。
しばらくは、とりあえず今のまま千穂のことは隠し続けるしかないのだ。千穂を守るためにはそれが一番良い方法なのだと、自分に言い聞かせる。
会議中、俺の代理で外に出ていた国府田が帰ってくると、すぐに言った。

「国府田、今夜は屋敷に帰るよ」
「承知いたしました。ではそうお伝えしておきます。ぼっちゃまも千穂さんに早めに伝えておいてくださいね」
「は?なんで?」
「なんでって・・・ご夕食の準備とかあるでしょう?」
「別に言わなくてもわかるだろ」
「・・・ぼっちゃま・・・まさか・・・ご実家に泊まられる時はいつも千穂さんには黙ってらっしゃるのですか?」
「いちいち屋敷に戻るなんて恥ずかしくて言えねーっつーの」
「ぼっちゃま・・・」

国府田が呆れかえる理由が俺にはサッパリ分からなかった。
まるで千穂がお気の毒にとでもいうような顔つきだ。
別に俺は何もやましいことなんてしてないだろ・・・。

それにしても屋敷に帰る、といってもどうせまた変な女が来ていて、一緒に食事をすることにでもなるのだろう。
いっそ女の存在をにおわせようか。ふいにそんな考えが頭をよぎったが、そんなことをすればすぐに調べ上げられてしまうに違いない。
今の生活を守るためには、大人しく見合いだろうとデートだろうと受けてたつしかない。
これも千穂のためだ。
千穂にはなるべく煩わしいことから遠ざけておいてやりたいから。

あー、千穂の手料理が食いたかったな。
仕事をのんびり片付けた後、今夜は一体なにを作ってくれていたんだろう、そんなことを想像しながら、憂鬱な気持ちのまま実家の屋敷へ行くと、案の定、両親の横には厚化粧の女が待ちかまえていた。
俺はもうため息をつくしかなかった。


   



玲斗の無断外泊は実家でした(〃∇〃)
はっきり言わないと千穂ちゃんには果てしなく誤解されてますね〜。







    



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