実はわたし、結婚してます



想いの果てに




玲斗は無言のままわたしと悠斗を連れてマンションへと戻りました。久しぶりに足を踏み入れた部屋は出て行ったときと同じで、玲斗はきっとこの部屋には寝るためだけに帰ってきていたのでしょう。もしかすると、ここには帰ってきていなかったのかもしれませんが。
やっぱり自分の家は落ち着くものですね。
最初は広くて落ち着かなかった部屋も、今は玲斗や悠斗と過ごす温かい部屋です。
いつまでも難しい顔をしている玲斗に、悠斗を預けたおかげか、玲斗の表情はだんだん穏やかになっています。やっぱり父親の抱っこがうれしいのでしょうか、幼いなりに悠斗もいろんな思いを感じているのかもしれませんね。玲斗の腕の中で穏やかに笑っています。

「千穂、疲れた。なんか淹れろ」

うわ、開口一番がこれですよ。
でも、なんだかこういう言葉すら嬉しくて顔がにやけてしまいます。やっぱり玲斗はこうでなくっちゃ。

「コーヒー?紅茶?」
「紅茶」

わたしは長らく使っていないであろう電気ケトルを軽く洗うと、お湯を沸かしました。
その間、ちらちらと玲斗の方に視線をやると、玲斗は悠斗と楽しそうに遊んでいます。
玲斗は、ユリアさんたちの話を聞いて何を思ったのでしょう。ユリアさんは相談して、なんておっしゃっていましたけど、玲斗はわたしの意見を聞いたりはしないでしょう。それにわたしだって、玲斗が決めたことならついていこうと決めているのですから、そのことに迷いはないのです。

「はい、どうぞ」

わたしが紅茶をローテーブルに置くと、玲斗は悠斗をベビーラックに乗せました。

「なあ、千穂」
「ん?」
「今、幸せか?」
「うん、幸せだよ。ずっと幸せ。今までもこれからも」
「そうか」

どうして玲斗がそんなことを聞いてきたのかわたしにはわかりませんでした。
満足そうにしている玲斗の顔を見て、やっぱりわたしは玲斗が好きなんだと思いました。
玲斗の隣に座って、玲斗となにげない会話をして、時折、悠斗をあやしながら、こうやって一緒に紅茶を飲む、そんなささやかなことが一番幸せなのです。

その夜、慣れない場所での暮らしに疲れていたのかさっさと寝てしまった悠斗をベビーベッドに寝かしつけると、わたしは玲斗を自ら求めてしまいました。最初は驚きつつも、にやりと笑みを零した玲斗はやっぱり意地悪でしたけど、優しく包み込むように抱いてくれました。何度も何度も唇を重ね、肌を合わせていると、安心感でいっぱいになるのです。
玲斗はわたしのことを愛してくれていたんだ、だから、いつも大切にしてくれていたんだ、そう思うとまた涙が溢れてきて、そんな顔を見た玲斗に叱られて、わたしは玲斗にしがみつきます。

「玲斗、もうだめ」
「だめじゃない。今夜は寝かさないっつーの」
「えー」
「えーじゃないだろ、当たり前だ。俺がどれだけ我慢してきたと思ってんだよ」
「そ、そんなの知らない」
「だったら体で思い知らせてやる」

そうやって長い長い夜が明けるまで、わたしは玲斗の腕の中で過ごすことになってしまったのです。でもそれはあまりにも幸せすぎて、いつまでもいつまでも続いて欲しいと思える素敵な時間となったことは言うまでもなく、それをポツリと零すと……

「じゃあ、今夜も楽しみだな」

カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされ、にやりと微笑む玲斗の顔が目の前にあったのでした。


   







   



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