実はわたし、結婚してます



想いの果てに




悠斗を寝かしつけると、わたしは広いバルコニーに出て夜空を眺めました。実家とは違ってほとんど星は見えません。けれど闇の中で月だけは煌々とその存在を強調しているように思えました。
玲斗はちゃんと食べているでしょうか。
仕事に追われて疲れ果てていないでしょうか。
こんなことをわたしが心配していても、当の玲斗は他の女の人のところに行っているかもしれませんが。
わたしは昼間ユリアさんから聞いた話を思い出していました。
子どもの頃からずっと両親と暮らすことのできなかった玲斗は、お爺様に厳しく育てられたこと。お爺様はそれはそれは厳しい方で、玲斗のお父様は逆らえずにいて、玲斗と別々に暮らさなければならなかったこと。それによって親子の間に亀裂が生まれてしまったこと。
ユリアさんは二人とも言葉が足りなさ過ぎるから―――そう言っていました。
普通に両親と一緒に仲良く暮らしてきたわたしには想像し難い世界でした。まるでマンガの中の話でも聞いているような、まさかそんなことが現実にあるなんて思いもしていなかったのです。
そもそも玲斗の生活自体驚きを隠せないというのに、玲斗の育った環境はさらにわたしには理解できない世界です。


わたしがその連絡を受けたのは、それから数日が経った頃でした。

「玲斗が熱ですか!?」

国府田さんがわざわざいらっしゃって玲斗が高熱で倒れたことを知らされたのです。、わたしはすぐに玲斗の元へ駆けつけました。
個室の病室で、点滴を打たれながら静かに眠っている玲斗の姿を見て、少し痩せたような気がして、なんだか長い間離れ離れになっていたように思えて、思わず涙を浮かべてしまいました。

「玲斗……」

薬を飲んで今はぐっすり眠っているという玲斗ですが、どこか苦しげな表情を浮かべているような気がして、わたしは不安になりました。
離婚することを考えて、離婚することを前提で、続けてきた結婚生活ですが、いざ玲斗と離れて暮らしてみるとこんなにも淋しくなってしまうのです。
久しぶりに見る玲斗の顔が愛おしくてたまらなくなってしまうのです。

「玲斗……」

――玲斗に名前を呼ばれたい。「千穂」と意地悪そうな声でいいから、そう呼んでほしい。

そう願いを込めながら玲斗の寝顔を眺めていると、突然背中に背負っていた悠斗が泣きはじめます。
きゃあああ!起きてしまいますよっ。
せっかく寝ているんですから、ゆ、悠斗〜!!
心の中で必至で叫びながら、立ち上がって揺らしてみますが、悠斗は声高らかに泣き声を張り上げました。

ど、どうしましょ〜!!

思わず病室を出ようとしたとき、かすかな声が耳に届きました。
それは、確かに、わたしの名前を呼ぶ声です。

「……ち、ほ?」


   







   



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