実はわたし、結婚してます



あなたの手の温もり





愛人。

わたしの思わず口に出てしまった言葉にふたりがあっけに取られて復唱します。
だってだってだって、どこからどう見ても30代ですよ!30代の玲斗のお母様とはどう考えても見えません!家族だっていうなら玲斗の妹さんかお姉さんですよ!

「なんで、自分の母親が愛人なんだよ。お前バカか」

玲斗ってばまたわたしのことバカって言いましたよ!
どうせどうせわたしはバカですよー!大バカですよー!

「玲斗!」

バコッ!という音と同時に玲斗の「痛ぇ!」という声が響きます。
うわぁぁぁ。
今、今、ユリアさんが玲斗を叩きましたよ!さすがお母様です。やっぱりお母様なんですね!

「あなた、自分の妻に対してなんていう態度なの!ごめんなさいねぇ、ホントわたしの育て方が悪くてこんな俺様に・・・」
「い、いえ」

すごいです。玲斗のことしっかりわかっていらっしゃいます。さすがですね。
確かに玲斗は俺様なんですけど、優しいところもありますからね。

「それにしても千穂さん・・・名乗らなかったとはいえ、あなたわたしのこと愛人だと思って、それでも親しくしてくれたの?もうなんて可愛いのかしら。ちょっと玲斗、悠斗を抱っこしてなさい。わたしは千穂さんを抱きしめるから」
「お、おい!!」

わたしの頭が混乱している中、ユリアさんは悠斗を玲斗の腕に乗せると、思いっきり抱きしめてきました。
玲斗の、お母さん・・・。
本当に。
わたしはまだ信じられない気持ちでいっぱいでした。
だってきっとこんな結婚反対されるに決まってると思ってましたし、その場で別れなさいって言われると思ってましたから。

「千穂さん、玲斗に愛人なんてねぇ、いたとしても1日ももたないわよ〜。こんな我侭息子、お金のためと割り切っても付き合いきれないもの〜」
「え、えっと」

わたしがどう返事していいかわからないでいると、玲斗が「わぁっ」と言いました。玲斗の腕の中にいた悠斗が、ふにゃぁぁっと泣き始めたようです。

「泣くな・・・な、泣かないでくれ・・」

玲斗が慌ててあやします。
そんな姿がなんだか新鮮で、思わずじーんとしてしまいました。

「あらやだ、玲斗ってばしっかり父親してるじゃない」
「あーーもうっ。泣くな〜、泣くな〜」

ユリアさんの感心したような表情とは別に、玲斗はかなり真剣です。

「そろそろ授乳の時間かも」
「そうか!」

わたしが時計を確認してそう告げると、玲斗はホッとしたような顔で、悠斗をわたしの元へつれてきます。

「じゃあ、わたしはそろそろ失礼するわね」

わたしと玲斗のやりとりを見守っていたユリアさんは椅子の上においていたバッグを手に取りました。

「え!もうお帰りになるんですか」
「ええ、まだ仕事が残ってるのよ。また退院したら遊びに行くわね」
「来なくていい」
「ぜひぜひ来てください!」

正反対の言葉を告げる玲斗とわたしにユリアさんはにっこりと微笑んだ。

「もうしばらくは、わたしがなんとかしてあげるから、クリスマスとお正月は3人で過ごすといいわ」
「ああ」
「お披露目は玲斗に考えがあるんでしょう?」
「当たり前だ」

「お披露目?」
ユリアさんの言葉がひっかかります。

「ああ、俺と千穂の結婚のことと、子どものこと」

それって・・・。

「心配しなくていいのよ、千穂さん。わたしはあなたと玲斗とかわいい孫の味方だから。うふふ」
「どうせ、自分だけ秘密を知って、楽しんでるだけだろ。国府田に根堀り葉堀り聞きやがって」
「あらー、わかった?だってこんな楽しいこと、誰も知らないなんて、ねぇ。あなたホントにバラすの?」
「・・・これ以上どうやって隠すんだよ」
「ふふ、そうね」

えーっと、このおふたりは一体何をしゃべっているのでしょうか。きょとんとしながら見つめていたわたしに、ユリアさんは「また会いましょうね〜。」とにこやかに手を振りながら去っていってしまいました。
静かになった母子入院部屋には玲斗とわたしとお腹が空いて半泣き状態の悠斗が残されたのでした。


   






   



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