実はわたし、結婚してます



想いの果てに




「あんの馬鹿息子は一体何考えてんのかしら!」

甲高い声が響き、わたしは一体何事なのだろうと、リビングルームへと向かいました。

「どうかしたんですか?」
「あら、千穂ちゃん、ごめんなさいね、驚かせて。悠斗、ビックリしなかった?」
「あ、大丈夫みたいです」
「ならよかったわー。まったく馬鹿息子から今日も荷物が送られてきたのだけどね」

困ったわねぇ、という表情で箱の中に視線を移したユリアさんを見て、わたしもその玲斗が送りつけてきた箱の中身を確認します。

「な、なんですか、これっ」
「さぁ」

なぜか大量のジャガイモが入っているんですよ。
なぜにじゃがいも!?
わたしの頭の中はクエッションマークだらけです。
毎日のように玲斗から贈りものが届くようになってから数日。最初は良かったんです、最初は。
わたしの好きなスイーツや、花束が贈られてきて、思わずわたしも目を輝かせてしまったのですから。
しかし、どんどんわけのわからない方向になってきて、昨日はどこかの巨匠作だという変わった彫刻が届き、今日はじゃがいも……。悠斗の玩具ならまだしも、じゃがいもって……いえ、北海道産のじゃがいも、きっとおいしいに違いありませんからありがたく食べさせていただきますけど!一体全体なんなのでしょう。

「まぁ、いいわ。千穂ちゃん、今日も出かけましょう?」
「あ、は、はい」

ユリアさんの自宅に居候することになってから、わたしは毎日のようにユリアさんに連れられて出かけます。それはいつも違っていて、いかにもいかにも〜という高級なブティックや美容室に連れて行かれたときには驚いたのですけれども、毎日つれられていくうちに気づいたんですよね。
小石川家の妻になるってことは、こういう生活が普通になるんだってことをユリアさんは暗にわたしに伝えようとしてくれているんだ、ってこと。
もしかするとわたしと玲斗は離婚するかもしれないのに……実は、こんな庶民とはかけ離れた生活にわたしが耐えられるのかユリアさんはわたしを試しているのかもしれないんですが。
もともと庶民の出であるユリアさんも最初はいろいろと戸惑うことが多かったと、話してくださって、わたしはますますユリアさんが大好きになっていくのです。と、同時に、玲斗とのことが申し訳なく感じてしまうんですけど。

「千穂ちゃん、そろそろ玲斗に会いたくなった?」

疲れた、と言ってユリアさんに連れられて入ったカフェの一角で、心を読まれたかのようにそう聞かれてしまい、わたしは思わず正直にはい、と答えました。
玲斗の出張で離れていたこともあります。無断外泊で、ひとり置いてけぼりにされたことだってあります。けれど、玲斗と暮らし始めてからこんなにも長く顔を合わせなかったことはありませんでした。
ユリアさんも家政婦さんたちも本当によくしてくださいますが、やっぱりあの玲斗と一緒に暮らす部屋が懐かしくてたまりません。

「千穂ちゃんは素直ね。玲斗ももう少し見習ってほしいものだわね」

ユリアさんはくすりと笑ってそういうと、少し真面目な表情になりました。

「もう少しだけ我慢してね。玲斗があんな風になってしまったのは母であるわたしの責任でもあるから」
「え?」
「わたしは母らしいことなんて何一つしてあげられなかった。あの子の父もそうよ。玲斗は父を父とも思っていないでしょうし、わたしのことも母とは思ってないのよ。まぁある程度信頼はされているのでしょうけどね」
「そんな」

そんなことはないです、と口にしようとするとユリアさんにやんわり遮られてしまいます。

「事情があったとはいえ、親としてあの子の子ども時代を犠牲にしたのは紛れも無い事実なのよ」

   







   



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