実はわたし、結婚してます



君がため




それから仕事に忙殺されながら過ごして、なるべく千穂や悠斗のことを考えないようにした。考えればまたモヤモヤとして、無駄に時間が過ぎていく。
眠れば眠ったで、わけのわからない子どもの頃の悪夢にうなされて、さらに疲労が増した。
なんだかもう千穂と悠斗が帰ってこないならそれでもいい、とさえ思うようになった。
何も考えたくない。
もうなにもかもが面倒で、どうでもいい―――

「ぼっちゃま?―――っちゃま!?」

傍にいた国府田のいつもとは違う様子の声に俺は振り返る。けれど、なぜか国府田の顔を見ることができなかった。
ふいに意識が遠のいていくのを感じて、ああ、俺はまたあの真っ白な世界に囚われるのだと思った。
わけのわからない夢を。
見たくもない夢を、見るのだ。


「ぼっちゃま、ユリア様よりお預かり致したものでございますよ」
毎日見ている国府田の顔が若返っているのを確認して、やはり、これはまた自分の子ども時代なのだと思い知らされる。
「おかあさまから?」
「今日は、遠足でありましょう?ユリア様が朝早くに起きてお作りになったようですよ」
「ほんと?ほんとうにおかあさまが?」
嬉しそうに微笑む自分の姿を見るのはあまりいい気分ではなかった。
それなのに、目が離せないでいたのは、そのお弁当の中身が、母が作ったものとは違っていたからだ。

『千穂・・・?』

いつの間にか手元にあったお弁当を開いている俺は、いつもの仕事場の部屋にいた。
いつもの椅子に座って、パソコンを睨みながら、弁当を開く。
夢じゃなかったのか。
これは現実か?

千穂の作ってくれた弁当。

すべて夢だったのか。千穂がいなくなったのも、母親がわけのわからないことを言い出したのも、すべて夢。
そうだ、千穂はいつものようにお弁当を作って俺に渡してくれた。
そうに違いない。

そのお弁当を食べようとしたとき、ふいに自分を呼ぶ声が聞こえ、俺は振り返った。
そこはやっぱり真っ白な世界で、現実だと思った世界はすべて消え去っていた。
何度も何度も呼ばれる声に、思い瞼を持ち上げようとするが、どうにも重くて仕方が無い。それでもその愛おしい声に、俺は足掻いた。
ようやくぼんやりと見えたのは、

「ち……ほ?」
「玲斗!」

涙をぼろぼろと俺の顔に落としながら、俺を見つめている瞳の持ち主は、千穂のものに間違いない。

「何、泣いて、んだ、おまえ」
「だって、玲斗、うなされてた」

だから、なんでお前が泣く必要があるんだよ。
泣くな、千穂。
俺が見たいのは―――そんな顔じゃない。

そう言葉にしようとして、再び意識を手放した。


   







   



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