実はわたし、結婚してます



君がため




「国府田、『仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の首の珠、燕の産んだ子安貝』ってなんだ?」

あの電話の後、母親はご丁寧に、それらをメールにして送ってきたのである。
何度も何度も読み返しては考え、そのうちに覚えてしまった。
翌朝、迎えに来た国府田に開口一番に尋ねる。

「竹取物語でございますか?」
「竹取物語?」
「かぐや姫とも申しますが」
「古典のか」
「はい。その中に確かそのようなものが出てきたかと存じますが。それがどうかなさったのですか」

もちろん竹取物語なら知っている。内容まで深くは知らないが、これでも学校には通ってきたのだ。その存在を知らないはずはない。
確か、爺さんが竹を切ってたら女の子が出てきて、かぐや姫と名づけられ、美しく育ったかぐや姫が求婚者に無理難題を言いつけて最終的に月に帰っていくという、男を馬鹿にしたような厚かましい女の話だったような気がする。
そうだ、その無理難題というのが―――これだ。

「これって今、手に入るものなのか?」
「伝説のものでございましょう?似たようなものならあるでしょうが」
「だよな」

一体あのババァは何考えてるんだ?ていうか一体何がしたいのかさっぱりわからない。
考えれば考えるほど馬鹿らしくなってきた。だいたい俺の妻子をなぜあの女が好き勝手してるのかということに腹が立つ。千穂も千穂だ。あいつは俺のものなのになぜ勝手なことをしてるんだ。
ババァの日本の住まいにいるはずなのはわかっているのに、行ってみれば門前払いときたもんだ。普通やるか、実の息子を門前払いなんて。
仕方が無い。
俺は目の前にあるパソコンのデスクトップを見つめた。
そしてネットショップのホームページに飛ぶと、それを購入し、受け取りの住所を母親の自宅に指定した。
とりあえず、思いつくのはこれしかない。


2日後、母親から電話がかかっている。
『あなたなに、『竹取物語』の本を送ってきてるのかしら。わたしは仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の首の珠、燕の産んだ子安貝と言ったのよ」
「んなもんこの世にあるか!!」
ご丁寧に何度も繰り返してくれるその口ぶりに思わず声を荒げてしまう。
『見つけられなかったのね』
ふう、と大きなため息がこれ見よがしに聞こえてくる。
「当たり前だ、ぼけ!!」
『まぁ、いいわ。じゃあ、千穂ちゃんが一番欲しいものを用意してみなさいな』
「はぁ?」
『あなた仮にも夫なんでしょう?5年間夫婦をしてるんだからそれくらいわかるでしょ、じゃ、そういうことで。ばぁ〜い』

ぶちっ。
言いたいことだけ言いやがったらまた切りやがる。
千穂の欲しいもの?
そんなの簡単じゃねーか……って、あいつが一番欲しいものって……な、なんだ!?
その日、一日中千穂の顔を思い浮かべながら、あいつが何を欲しがっていたかを思い出そうとしたけれど、全くもってわからなかった。
だいたい千穂は普段から、あれがほしい、これが欲しいなどと俺に言ってきたことはない。無欲といってしまえばその通りで、物を欲しがるということはまずないのだ。
しかし、千穂のことばかりを考えているわけにもいかず、とりあえず仕事をこなすが、それでもわずかに時間が空けば、千穂の顔を思い浮かべていた。

「ぼっちゃま、少し休憩なさってはいかがですか」
「いや」
千穂のことばかりを考えていると、仕事が思ったようにはかどらない。どうせ家に帰っても待ってくれている千穂や悠斗はいないのだ。そう思うと別に残業も苦にはならない。
むしろ家に帰ったほうが誰もいない虚無感に襲われて、どうしようもなく千穂を求めてしまいそうになって悶々とするだけだ。ならば仕事でもしていたほうがよっぽどましだった。

「ぼっちゃま、無理をなさっては体を壊されますよ。丈夫だとは言ってもこのごろ睡眠不足でいらっしゃるでしょう」
「大丈夫だ。国府田は帰っていいぞ」
国府田が小さくため息をついているのがわかる。

ふいに思った。
俺は今まで一体千穂の何を見てきたんだろうか。



   







   



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