実はわたし、結婚してます



小石川家の妻




結婚して初めて訪れた夫の実家。わたしはまだ実感なく大きすぎるソファに座ってぼーっとしていました。改めて思ったのは、わたしは玲斗のことを、というよりは玲斗のバックグラウンドのことをなにひとつ知らないということです。玲斗とお義父さまの話だって一度も聞いたことはありませんでした。
玲斗はあまり自分のことを話したりはしません。だからわたしは心のどこかで聞いてはいけないものだと思っていました。それはたぶん、わたしが玲斗の家に関わってはいけなかったから。
いつかくる別れのために。
実際のところ、わたしは玲斗の考えていることがよくわかりません。いつか別れるつもりなら、どうしてわたしはこの家に連れて来られたのでしょう。どうして国府田さんを初めユリアさんはわたしや悠斗を大事にしてくれるのでしょう。
今日の様子を見れば、国府田さんとユリアさん以外はわたしと玲斗の結婚のことは誰一人知らなかったはずです。
今、親族の方々に囲まれて、玲斗は一体どんな話をしているのでしょうか。
あれこれ考えてみますが、なにひとつ明確な答えはないのです。
はたと思い立ってわたしは隣室の扉を二度叩きました。
さきほど玲斗を寝かしつけてくれた女性が「どうなさいましたか」と出てきたので、悠斗を見てもらうように頼むと、わたしさっき案内された応接室へと戻りました。
たとえ、いつか離婚するのだとしても、今、玲斗の妻はわたしなのです。どんな結末になろうとも、わたしは本当のことを知っておきたいと思いました。

応接室の前まできてごくり、と息を飲み込みました。やはりこの部屋に入っていくのは勇気のいることです。
「俺は千穂と悠斗をこの屋敷に住まわせるつもりなんかまったくない!!」
扉をノックしようとしたところで、中から玲斗の怒鳴り声が聞こえてきました。

コノヤシキニスマワセルツモリナンカマッタクナイ。

もう一度わたしの頭の中でその声がこだましました。
誰かの声が聞こえて、玲斗は再び大きな声をあげました。

「会社も、この家も千穂には関わらせたりはしない!悠斗に会社を継がせる気もない!」

わたしは自分の手が震えているのがわかりました。
そのまま部屋に入っていく勇気はありません。すぐに引き返してさっき案内された玲斗の部屋に戻りました。

「あの、ありがとうございました」

使用人の女性にお礼を言います。女性が部屋を出るのを見届けると、ペタンと床に座り込んでしまいました。
自分がどんな感情でいっぱいになっているかもよくわかりませんでした。

やっぱり。

という想いと、わかってはいても、玲斗の口からその言葉が実際に出てくると、こんなにもショックだったのかというそんな思いが溢れてどうしようもなく涙ががポロポロと溢れてきました。
しばらくして、気づくと気持ちよさそうに寝ていた悠斗を抱き上げ、そっと玲斗の部屋を出ました。
そしてまっすぐに玄関に向かい、門のあたりの制止を振り切って外に出たのです。


   







   



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