実はわたし、結婚してます



小石川家の妻




「わ・・・綺麗」

本当に見事です。
見事な桜。

「千穂さん、あなたは小石川家の妻です。ぼっちゃまはあまり触れたがらないのですが、わたしの話せる限り、少しだけお話しておきましょう」
「え」

桜に見とれていたわたしに国府田さんはそういいました。

「千穂さん、悠斗様をあちらへ」

国府田さんの視線の先にはひとりの使用人らしき女性が立っていました。

「先にぼっちゃまのお部屋に戻っていてもらいましょう」

少し不安になりましたが、わたしは国府田さんの言葉を信じて悠斗を預けました。

「千穂さん、先ほど、玲斗ぼっちゃまと旦那様のご関係に違和感を感じられたのでしょう?」
「はい・・・」
「ぼっちゃまと、旦那様は今も昔もほとんどお会いされたことはありませんし、会話をされたこともないんですよ」
「え!?」
「千穂さんにとってみれば不思議でしょう?」

不思議というか、やっぱりこういう由緒ある家だとそういうものなのでしょうか。

「旦那様は、一度小石川家から家出をされているんです。やりたいことがあるとおっしゃられて」
「そうなんですか……」
「ですが、旦那様の父君、玲斗ぼっちゃまの祖父にあたる大旦那様がそれを許されるはずはありませんでした。当然です。旦那様はたったひとりの小石川家の後継ぎだったのですから。すべての自由を奪われた旦那様に残ったのは、百合亜様ただおひとりでした。大旦那様はそれは大変厳しいお方で、経営の能力のない旦那様に冷たく当たられることも多くありました。玲斗ぼっちゃまが生まれてからは、大旦那様の関心はぼっちゃまに向けられることになったのです。実の息子のように愛し、可愛がり・・・自分の知識のすべてをぼっちゃまに注がれました。旦那様は、自分の子どもさえも奪われてしまったのです」
「それで・・・玲斗とお義父様の関係がギクシャクしてるってことなんですね」
「ええ、そのとおりです」

わたしは、玲斗のことなにひとつわかっていないことに気づきました。
5年も夫婦を続けておきながら、玲斗の過去の何も知らずにいたのです。
玲斗は一体どんな思いで子ども時代をすごしてきたのでしょうか。
何も考えず、のほほーんと生きてきたわたしとは全く違うんですよね。

「千穂さん、歴史ある家は必ず様々な問題を抱えているのです。ぼっちゃまは千穂さんを巻き込みたくなかったのでしょうね」

い、いま国府田さんはなんとおっしゃいました!?
巻き込みたくない!?
え?え?え?
さらに混乱させるようなことを言われ、わたしは何をどう言葉にしていいかわからなくなってしまいました。

「千穂さん」
「はい!」
「そろそろお部屋に戻りましょうか。ぼっちゃまのお部屋にご案内いたしますよ」
「あ、は、はい」

どうしましょう。
なんだかもう聞けません。
国府田さんの最後の言葉、一体どういう意味なのでしょうか。
玲斗がわたしを巻き込みたくない?一体なにに?

「いろいろ問題はありますけどね、誰も玲斗ぼっちゃまと千穂さんのことを反対される方はいらっしゃないはずですから安心なさってくださいね」
「そうでしょうか」

廊下を歩きながら、国府田さんの言葉に疑問を感じてしまいます。国府田さんはにこりと笑ってそれ以上は何も話さず、わたしを玲斗の部屋だという場所へ連れて行くと、ぼっちゃまはもうすぐいらっしゃいますから、しばらくお待ちくださいと言い残して再びいなくなってしまいました。
玲斗の部屋に入ると、リビングルームのような広い場所があって、ソファやテレビなんかも置いてあり、近くにはベビーベッドがあって、さっきの使用人の女性と思われる人が寝かしつけをしてくれているところでした。

「あの、ありがとうございます」
「いえ、今お休みになられましたので。何かございましたら隣室におりますのでお呼びくださいませ」
「あ、はい」

 その女性も頭を下げて部屋を出て行ってしまい、わたしはポツンと見知らぬ部屋に取り残されてしまったのでした。


   







   



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