実はわたし、結婚してます



母になる日





お姉ちゃんの言葉を待ってみるけれど、お姉ちゃんは無表情のまま、リビングまで進んでいきました。
仕方がないので、わたしから一言。
「お姉ちゃん、また一段と美しくなったね」
「あら、当たり前なことを言わないでちょーだい。でも、千穂も数年見ないうちに綺麗になっちゃって・・・これも千穂をたぶらかした男のせいかしら?」
たぶらかした!?
誰が!?
「た、たぶらかされてないから!」
「千穂は黙ってなさい。わたしは千穂をたぶらかした男に話があるのよ」

え?わたしに話じゃなくて?
もしかして・・・玲斗!?
だったら余計に恐ろしいじゃないですか!

「お姉ちゃん、もしかして玲斗が帰ってくるの待ってるつもり?」
「当たり前でしょ。なんのためにわたしがわざわざこんなところまで来なきゃいけないのよ。全くあの平和ボケした両親はてんで頼りにならないんだから」
「あの、お姉ちゃんごめんね。いろいろ報告してなくて」
「あら、千穂は何も悪くないわ」

綺麗な顔で怒っているお姉ちゃんは、久々に見るけれど、やっぱりかっこいいですね。
今はモデルをしながら海外を転々としているお姉ちゃんは、いつも行動が突然です。
だから本当はこんな風に突然訪問してくるのも、いつもどおりといえばいつもどおりなんですけど。今回ばかりは事情が違います。
わたしがお茶を淹れようとすると、自分でやるわ、と勝手にキッチンをうろつきはじめました。
そんなお姉ちゃんの姿をじっと見つめながら、わたしはどこかでホッとしているところがありました。
なぜなら、本当はお姉ちゃんに黙ってるなんて心苦しかったから、結婚のことを知られて・・・もう隠さなくていいんだという想いがあったのです。
けれど、玲斗とお姉ちゃんが会ってしまうことを想像すると、あまりに恐怖で、わたしの中でも一体どんなことが待ち受けているのかサッパリわかりません!
女王様タイプのお姉ちゃんと、俺様玲斗・・・この組み合わせはどう考えても危なすぎですよ!

「で、千穂、赤ちゃんは順調なの?」
「あ、うん。すくすくと育ってるよ。えっと・・、エコー写真見る?」
「あら、素敵。きっと千穂に似て愛らしい子に決まってるわ」
「そ、そうかなぁ?」

お姉ちゃんが子どもの話題で柔らかな表情に変わっていくので、少しだけホッとします。

「当たり前でしょ。わたしの・・・甥っ子?姪っ子かしら?」

わたしは玲斗がきっちりとアルバムにしているエコー写真集を棚からもってきました。

「今のところ女の子って言われてるけど、まだ確実じゃないみたい」
「そう。なにはともあれ、千穂、出産までは穏やかに生活しなきゃだめよ?」
「ありがとう」
「これ、千穂が作ったの?」
「ううん、玲斗がパソコンに取り込んだりして・・・」
「そうよね」

そうよね?
エコー写真集とか、わたしは作るはずないってことでしょうか。
確かに細かいことは苦手ですけど、ビーズアクセサリーとか中途半端でやめちゃいましたけど!お仕事では細かい作業だってやってるんですよ!
なんて、お姉ちゃんに怒ってみてもしょうがないですよね。
お姉ちゃんはまるで自分のことのように嬉しそうにエコー写真を眺めて、「早く生まれてほしいわよねぇ」なんて言っていました。

「あ、そうそう千穂におみやげがあるのよ。まったく久しぶりに帰国して実家に帰ってみれば、千穂が結婚しててすでに妊娠してることまで聞いて、気が気じゃなかったんだから」
「ごめんね、お姉ちゃん・・・」
「いいの。あなたが悪いわけじゃないから。すべては千穂をたぶらかした男が悪いのよ」
「お姉ちゃん!玲斗は優しいんだよ!」
「千穂、いい?わたしはあなたのダンナに用があるの。可愛い妹を寝取られたんですからね」
「・・・」

寝取られた・・・わけではないと思うんですが、結果だけ見ればもしかしてそうかもしれないと思ってしまうわたしは否定できません。
けれど、せっかく穏やかな雰囲気になったと思ったのに逆戻りですよ。

「千穂の純潔を奪われたのかと思うと・・・。そうなのね、千穂、あなたはもう乙女じゃないのね。わたしの千穂がいつの間にか女になってしまって・・・今まさに母になろうとしてるなんて・・・時が過ぎるのは早すぎるわ。千穂も・・・もう26歳・・・27歳になるのかしら?」
「そ、そうだよ」

そうですよ。お姉ちゃんだってもう35歳なんですから。
って年齢不詳で通してるお姉ちゃんには絶対言えませんけど。
とりあえず話をそらさなきゃいけません!

「おみやげってこれ?」
「そうそう。こっちがわたしからで、こっちが母さんからよ」
「わー、ありがとう」

丁寧に包装されたものをゆっくりと開けると、お母さんからは可愛らしいベビー服。お姉ちゃんからはおしゃれなワンピースでした。

「うわぁかわいい」
「千穂のワンピースよ。出産後の体型もカバーできるし、授乳もできるようになってるの。子どもが生まれても、女としての千穂を忘れちゃだめよ?」
「うん・・ありがとうお姉ちゃん・・・」

さすがお姉ちゃん・・・。わたしは本当に素敵なお姉ちゃんをもって幸せだなぁって思いました。
改めて、お姉ちゃんに結婚のことを黙っていたこと本当に申し訳なく感じてしまいました。
そうですよね。お姉ちゃんが玲斗に腹を立てるのも当たり前なのかもしれません。

幼い頃、わたしはいつもお姉ちゃんと一緒でした。
お姉ちゃんは今とは見た目が少し違ったけれど、それでもいつもわたしを愛してくれた大切な存在です。
お姉ちゃんが大きな決断をして、海外へ渡ってしまったとき、わたしはとても淋しかったけれど、お姉ちゃんの人生を心から応援しようと決めました。
だから今はほとんど会うこともなくなってしまったけれど、大切なお姉ちゃんであることは変わりません。

玲斗が帰宅する、その瞬間までわたしたちはいろんな話で大盛り上がりしたのでした。


   









   



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