実はわたし、結婚してます



妊婦さんの日常





夕食後、ソファに座ってくつろいでいる玲斗の様子を伺いながら、わたしはちょこんと寄り添って座ってみました。
そして意を決して、切り出しました。

「ねえ玲斗、今度花火大会行ってきてもいい?」
「は?なに言ってんだ、おまえ」
「友達に誘われたんだけど・・・」
「いいわけないだろ、妊婦のくせに」

妊婦のくせにってなんですか、妊婦のくせにって!
妊婦が花火大会に行っちゃいけない、なんて決まりはありませんよ。
せっかく友人たちに誘ってもらったし、この際ですから、相手云々は別として実は結婚していて妊娠したことを告白しようと思ってみたりしたんですが。

「でも、浴衣着ればお腹も目立たないし、つわりもおさまってるし、安定期だし・・・」
「千穂、そういう問題じゃねーよ。とにかく行くな。わかったか」

そんな・・・。
やっぱりこうなるんですね。結局わたしは玲斗に逆らうことができないんです。
だけど、子どもが生まれてしまったら、ますます友達に会ってる暇なんてなくなるでしょうし、この機会を逃してしまったら、この衝撃的事実を告白するチャンスを失ってしまいそうです。

「玲斗・・・お願い!どーしても行きたいの。今回だけ、ダメ?」
「ダメなもんはダメに決まってんだろ」

むー。
やはり手ごわいですね。
でもわたしだって今日はがんばりますよ。
実感はなくても母となった女は強いんです!

「玲斗、お風呂入らない?背中流すから」
「・・・千穂」
「風呂には入るけど、行くのはダメなからな」
「わかってるよ」

ムスッとした玲斗に、とりあえず頷いておいて、わたしは玲斗と一緒にお風呂に入って背中を流します。
本当は一緒にお風呂に入るっていまだに恥ずかしいんですけどね。
でも仕方ありません!
今夜は至れりつくせり作戦で頑張ると決めました。
玲斗の身体を洗っていると、玲斗の機嫌もだんだん良くなっているように思えて、心の中でガッツポーズです。

「千穂」
「え?」
「なに誘ってんだよ」
「な、なにが?」
「だから、おまえどこ触ってんだよ」
「どこって・・・」

ぎゃーーーー!!!
玲斗の身体を洗っているつもりがいつの間にか・・・大事なところに限りなく近い場所まで洗ってましたよ!しかも念入りに!

「ごめんなさい!」
「別にいいけど。今夜はそのつもりでいろよ」
「は、はい・・・」

なんてことをしてしまったのでしょう。
頭であれこれ考えながら行動してるとこうなるんですよ。
いつもいつもこうやって後悔してるのに、どうしてわたしは学習しないんでしょうね。
わたしは急いで自分の身体も洗ってしまうと、一気にシャワーで洗い流しました。


「千穂もなかなか積極的になってきたよな」

一緒に湯船に浸かりながら、玲斗がポツリとつぶやきます。
そんなつもりはまったくないんです、ハイ。

結局その後はベッドに直行して、わたしは玲斗に抱かれることになるわけですが・・・、妊娠してからというもの、優しく抱いてくれる玲斗が愛おしくてたまらないのです。
そして、わたしの至れりつくせり作戦は、敢無く失敗に終わってしまうことは言うまでもなく。本当はマッサージしたり、爪きりをしてあげたり、耳かきをしてあげたりしたかったんですけどね〜。


「千穂、そんなに花火が見たいなら、花火の見える宿取るから」
「え?」

肌をすり合わせ、まったりしていると、玲斗がそんなことを言ってきたので・・・わたしはふと現実世界に戻ってきました。

「あの・・・玲斗・・・」
「なんだよ」
「花火はもちろん見たいんだけど、友達に会いたいっていうか・・・」
「ああ・・・じゃあその友達の分も一緒に予約しとく。どうせ愛子と恵美だろ」
「そ、そうだけど・・・いいの?」
「なにか問題なのかよ」
「だって愛子と恵美はわたしが結婚してることとか知らないんだよ?」
「じゃあ、ちょうどいいだろ。俺のことを紹介しとけ。ついでにお腹の子どももな」
「いいの?っていうか、玲斗会ってくれるの?」
「ダメなのかよ」
「ううん!ありがとう、玲斗!」

わたしは自分が素っ裸だということを忘れて玲斗に思いっきり抱きついてしまいました。

「千穂!腹!」

玲斗が焦ったような声をあげます。

「大丈夫だよ〜。まだそんなに大きくないし」
「・・・こっちはでかくなったよな」
「れ、玲斗!!」

わたしの胸をわしづかみにしながら、玲斗ってばサラッと言ってのけましたよ!
確かに妊娠してから大きくなったかなあ〜とは思ってましたけど!
玲斗ってばそういうところばっかり見てるんでしょうか。

「あー、じゃあ俺からもひとつ言っておく」
「なに?」
「今度、俺の両親にも会わせるから。余計なのがいると思うけど」
「え?」

それってどういうことでしょう?
まさか離婚するのに、ご両親に会うわけないですし・・・。
最近、この生活が当たり前になりすぎて、玲斗の考えていることがさっぱりわからなくなってしまうのです。
わたしは一時的な妻ではなかったのでしょうか。
玲斗の気まぐれで、結婚したわけではなかったのでしょうか。
妊娠したことを玲斗は困っている様子もなく、むしろ喜んでくれてるように思えますし、わたしの身体のことも思いやってくれているのが伝わってくるのです。
玲斗の優しさはわたしの勝手な思い込み、そう思えなくなってきているのは確かです。
なるようになれ、と思っていました。
けれど、わたしはこのまま玲斗の妻でいてもいいということなのでしょうか。

「別に結婚を反対するとかそういう親じゃないから。ただ少し変わってるけどな。」
「そ、そうなの?」

わたしみたいな庶民なんて真っ向から反対されそうですけど。
ほらドラマとかでもあるじゃないですか〜!
家柄の合う女性じゃないと認めーん!とか。
玲斗の家なんてまさしくそんな感じだと思うんですけどね。

「玲斗・・・わたし・・・」
「なんだよ」

わたしは玲斗の奥さんでいてもいいですか?
そう聞きたくて、やっぱりまだ聞けないわたしもいます。

「なんでもない。あの、ありがとう・・・花火大会のこと」
「ああ・・・」


わたしは玲斗の腕にしがみつくようにして瞳を閉じました。
妊娠したことで、何かが少しずつ動き始めていることがわかります。けれどそれがどんな風に動いているのか、どんな風に変わっていくかなど、わたしにはわかるはずもありません。
そしてもう、動き始めたものを止めることもできないのです。
わたしにできるのは、今の生活を大切にして、お腹の子どもを守っていくこと・・・。
それだけなのですから。



   









   



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