実はわたし、結婚してます





動き始めた現実





「千穂、とりあえずここで仕事しろ」
「え?」

いきなり解雇されたかと思えば、玲斗と個人的な契約を結び、玲斗の私設秘書になってしまったわたし・・・玲斗のオフィスに行くと、すでにわたしの仕事場所が確保されてます。
あ、一応、今月いっぱいはまだ会社雇用なんですけどね。
引継ぎとかのために、自分のいた部署に行くことも多いですが、基本は玲斗の傍で新しい仕事を覚えることになりそうです。
国府田さんのように個人オフィスがいただけるなんて夢にも思っていませんでしたけど、なぜに玲斗の横なんでしょうか?
まるで教卓に立つ先生の真横で、反省文書かされる生徒の気分じゃないですかー。
椅子もなんだかふっかふかだし、デスクも玲斗のものほどではないですがご立派です。

「そのうちお前の部屋も用意するから」
「え、いいよ、そんなの。仕事できればどこだって」
「へー、千穂はそんなに俺の隣がいいのか」
「え、いや、そういうつもりじゃなくてっ。床でも別にいいって思ってたし!」
「床なんかに座ったら冷えるだろ。バカか」
「ば、バカって・・・!」

またバカバカ言ってますよ、このダンナ様は!あ、今は上司ですけど!
もー、ホントなんでわたしがこんなわがまま上司様の秘書なんてすることになったのでしょうか、もう信じられません。

「それより千穂、気分は大丈夫なのか」
「え、うん。今は大丈夫だよ」

玲斗に言われると余計気にしてしまいます。
今朝はなんだか気持ち悪くて、朝食が食べれなかったんですよね。
作るには作れたんですが、どうにもこうにも口に運ぼうとすると、どうしてもダメで・・・。言われてみればこれがつわりなのかな、なんて思ってしまったんですが、でも他はどこも変わりないし・・・つわりだと認めたくない自分もいましてですね・・・。
玲斗に送ってもらって職場に着いてあれこれしているとそんなことはすっかり忘れていたんですが、今またこの上司様の発言で思い出してしまいましたよ。

こうなったらさっさと仕事に集中して、再び忘れてしまいましょう!

「えーっと・・・笹山さんに呼ばれてるので、引継ぎのことやってきます」
「ああ、転ぶなよ」
「転ばないよ・・・」

そんな子どもじゃあるまいし、玲斗ってば過保護すぎです。
わたしは、玲斗のオフィスを出ると、階下へ行くためにエレベーターの前に立ちました。
なんだかめまぐるしい変化です。
わたし、本当にやっていけるんでしょうか。

なじみ深い部署へ入ると、いきなりみなさんからの視線が降りかかります。
わたしが玲斗付きの秘書になることは、すでに知れ渡っているようですからね。
あー、そうですよ。玲斗に好意を寄せている女性社員も多いですからね・・・わたし、そんな女性社員に絶対嫌われますよ〜!
せっかく争いごとのない平和な人間関係を築くために地味〜に生きてきたのに、ここへきて一気に有名人になってしまいました。
それだけ玲斗の存在が大きいってことなんでしょうね。
あらためてそんな人の妻であることにビックリです。
そしてそんな玲斗の子どもを身篭っているなんて・・・信じられません。

「井原さん」
「あ、笹山さん。申し訳ありません。なんだか突然こんなことになってしまいました」

昨日は、突然のことで、わたし・・・結局そのまま自宅に帰らされてしまったので挨拶できずじまいになってました。

「それはいいんだけど、大丈夫?なんだかいろいろ事情がありそうね」
「そうなんです・・・。いろいろと事情がありまして。わたしもなにがなんだかわかりません」
「じゃあ、本当に突然だったのね」
「そうなんです。ご迷惑おかけします・・・」
「まあ、事情は今は聞かないでおくわね。とりあえずあなたの仕事の引継ぎはわたしと間山くんが引き受けるから。心配しないで」
「ありがとうございます」

みなさん、本当に親切です。
わたし、恵まれていたんですよね。
こんな素敵な場所で働けたこと、幸せです!
こんな素敵な職場を、玲斗たちがつくっているってことですから、今度はそんな玲斗のために一生懸命頑張りましょう!

わたしは昨日まで自分の使っていたデスクの片づけを始めました。
このときのわたしはまだ、これからどんなことが待ち受けているかなんて考えもしてませんでした。
ただただ、今この変化を受け入れることが精一杯で、何も考えたくなかったのかもしれません。



動き始めた現実 END


   →本日は晴天なり1へ









   



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